■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」

<番外篇> 為替デリバティブで大損失/円高で中小企業申し立て急増


(2012年6月25日)

長年かけて築き上げた銀行と取引先中小企業との信頼関係に、深い亀裂が生じている。 銀行の勧めを受け数年前から中小企業が契約した、予約為替レートで外貨を売買する「為替デリバティブ」で、円高の進行から思いがけず大きな損失を被っているためだ。 裁判外紛争解決手続き「ADR」へのあっせん申し立てが急増、銀行による強引なデリバティブ勧誘問題が表面化してきた。

取引件数6万件超に急増

トラブルが多発しているのは、「為替相場の変動によるリスクを軽減するため」として、銀行が企業とあらかじめ決めた為替レートで外貨を売り買いする「為替デリバティブ」。 リスク・ヘッジ(回避)が本来の目的のはずだが、銀行側が融資に絡めて取引先中小企業にリスクを十分に説明せずに勧誘し、急速な円高で企業側の損失を膨らませたことなどからトラブルが急増した。
金融庁の調査によると、2004年度以降に販売された中小企業向け米ドル・円の為替デリバティブ取引契約件数は10年9月末時点ですでに6万件強。契約している企業数は約1万9000社、企業当たり平均3件以上契約している計算になる。
円高が急に進んだリーマン・ショック以降は、円高への警戒感が出て販売契約数は大幅に減少したため、07年度までの販売件数が全体の8割に上る。銀行への苦情が全体の9割と多いのも、04年度から07年度までの間に交わされた契約だ。

トラブルの一例を見てみよう。東京に本社を置く老舗の輸入業者A社の場合、中国で食材の委託・輸入販売を手広く行っているが、オーナーの社長は「メーンバンクのみずほ銀行から為替デリバティブの一種、『通貨オプション取引』をのまされた」という。 当時、銀行側は公的資金の導入を余儀なくされる経営苦境にあり、A社に対しても貸し渋るようになったため、社長は融資を継続してもらおうと、「やむなく銀行に協力した」と取引の経緯を語る。
結果は凶と出た。契約直後から円が急騰し、「円のレートが1ドル=105円63銭に達すると、その月に予約した月間ドル購入額の2倍に相当する10万ドルを買い取る」という取引契約に該当するため、その履行を迫られた。不安に駆られた社長は、直ちに契約の解約を求めた。しかしメーンバンク側は「デリバティブは解約できないことが大前提になっている」と、応じようとしない。
粘り強く交渉した結果、メーンバンク側は渋々折れ、1200万円に上る解約清算金でようやく落着した。その後、円高が続いたことから、社長は、もっと大きくなるはずの災厄を辛うじて逃れたことになる。 しかし、解約清算金の請求根拠を銀行側は最後まで明らかにしなかった。
当該契約によると、通貨オプションの取引期間は04年12月から4年間。1ドル=105円63銭の予約レートで3カ月ごとに5万ドルを必ず取引する内容だ。 円高により前出の予約レートに達すると、その月に10万ドルを買い取り、逆に1ドル=128円の水準を超える円安になると、企業側はドル買いできなくなる。

銀行に圧倒的有利

ここで注目されるのは、円高が一定レベル以上に達すると倍のドルを買い取らせ、逆の円安局面では銀行側が損失を拡大しないようにリスク・ヘッジしていること、さらに4年間という長期契約の仕組みになっていることだ。
通貨オプション取引では、契約期間は5年間が多く、10年物も珍しくない。期間が長いほど、為替相場は大きくうねって行き、いつかは企業側に不利な円高相場に達する確率が高まる。 そして円高の一定水準をひとたび超えると、企業側は予約月間購入額の2倍以上でドル買いを実行しなければならない一方、逆の円安局面では一定水準に達すると銀行側の支払い義務は消滅するため、銀行に都合のいい仕組みになっている。
為替デリバティブは大規模な取引なので、本来なら契約先から担保が必要だ。ところが担保を要求すると取引が成立しなくなるため、資産のある優良企業や老舗企業がターゲットにされやすい。 外資系を含む銀行、証券各社は為替デリバティブを組み込んだ仕組み債などと共に、資産活用型の投資目的と称して学校法人や地方自治体にも売り込みを広げていった。

金融筋によると、契約の中に盛り込まれている「特約」が特に問題になっている。「特約」には3種類あり、いずれも契約した中小企業にはリスクが大きく、販売した銀行にはリスクが小さい仕組みになっている。
「レシオ」と呼ばれる特約は、一定の円高水準でドルの購入額が2倍、3倍に膨れ上がる。「ノックアウト」は一定の円安水準になると契約自体が消滅する。 3つめ「ギャップレート」は、企業の損失が円高の一定時点から急に拡大する。例えば円相場が1ドル=90円より高くなれば、1ドル=105円などあらかじめ設定された価格でドルを買わなければならない契約になっている。

銀行と契約企業との関係は、基本的に銀行側に圧倒的有利だが、この取引リスクを企業の多くは事前に十分に知らされていなかったか、今後の融資安定を考えて要求に従う形で契約を結んでしまったとされる。
金融筋によると、歴史的な円高に進行によりすでに10億円以上も損失が膨らみ、倒産の危機に瀕している中小企業も少なくない。 他方、銀行は取引による儲けに加え、高い手数料収入に目がくらみ、銀行本来の貸出業務をなおざりにしている、との批判がある。中小企業への融資がここ数年、不活発になり低下傾向にあるためだ。
銀行側は「独占禁止法違反に相当する優先的地位の乱用はなかった」としているが、中小企業の多くで貸し渋りを恐れて契約したケースがあったことは否めない。 ADRを運営する全国銀行協会によれば、11年度のあっせん申し立て件数は前年度比4倍以上の749件に上る。 しかしこれは「氷山の一角」に過ぎず、中小企業が和解を拒否して損害賠償訴訟を起こすケースも後を絶たない。