■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第74章 人事院の「足かせ」を排除しやりたい放題

公務員制度改革

(2004年7月29日)

  人事院が、国家公務員給与の「定期昇給」を廃止し、実績重視の新給与体系の構築に向け、走り出した。背景に、民間企業の「年功型賃金体系の見直し」「定昇廃止」の大河のような流れがある。
 公務員給与がようやく民間水準に近づくわけだが、もう一つ、50歳代半ばまでの早期退職と天下りが慣例化した公務員制度にメスが入れられねばならない。果たして、天下り装置(早期退職慣行)を解体して「国民のための公務員制度」に改革できるか。―
 政府は今秋の臨時国会に、昨年の国会に提出し損なった公務員制度改革法案を修正して提出する構えだ。法案は、8、9月にかけ具体化していくが、その骨子が「内閣の責任で民間企業への天下りを承認」(内閣承認制)となることは間違いない。官僚の天下りとモラルに直結し、ゆえに国民生活に重大な影響を及ぼす公務員制度改革法案(仮称)について検証する。

改革の二つの主柱

 政府の公務員制度改革は、一度つまずいている。法案の要になる「大綱」を閣議決定した(2001年12月)ものの、法案審議の過程で反論、異論が続出し、計画していた昨年中の法案の国会提出は見送られた。
 この失敗で政府・与党は、法案の修正を余儀なくされる。秋の臨時国会提出を目指し、8月から自民党行政改革推進本部・公務員制度改革委員会(委員長、片山虎之助前総務相)と政府の行政改革推進事務局が、修正法案の内容を煮詰める具体化作業を急ぐ。
 どういう中身の法案になるのか。
 大まかな方向性が、表題が「今後の公務員制度改革の取組について(案)」と記された6月9日発表の与党(自民、公明)案に示されている。
 その中で、改革には次の二つの主柱がある、と強調されている。
  1. 能力等級制の導入と能力・実績主義の人事管理の実現。
  2. 退職管理のあり方の見直しと再就職の適正化。
 問題の核心は、これにどんな中身が盛り込まれるか、である。

天下り責任を内閣に転嫁

 与党案は、改革の二つの主柱について作業を進める際、別紙で次の方針に従うように指示している。
 その一つ、能力等級制では、―
  1. 本府省の課長級、課長補佐級、係長級、係員級の4段階に局長級等の幹部職級を加えた各府省共通の等級とする
    →「4プラスα」に等級を簡素化。
  2. 簡素な能力等級の仕組みを活用し、抜擢人事など思い切った任用を実現する
    →能力・実績本位で給与、任用にメリハリ。
 ただし、肝心の「評価の基準をどうするか」「給与をどのように決めるか」など、具体的なことは決まっていない。

 キャリア制に対しては、存続を前提に次のように言う。
 「いわゆるキャリア・ノンキャリアや事務官・技官などの入口時点での資格にとらわれない能力本位の人事を実現すること。特に、キャリアについては、幹部候補生としての育成は一定のポストまでとし、それ以降は、能力主義を徹底すること」
 能力・実績主義は公正な競争を前提とするはずだが、これでは国家公務員I種試験に通ったことで幹部候補生としてスタートする現状と基本的に変わらない。

 国民の関心が最も高い「天下り(再就職)規制」はどうなるのか。
 「公務員の再就職の適正化について」と題する与党案別紙によれば、内閣の責任で行う。
 「内閣は、適正な再就職ルールを設定するとともに、営利企業、公益法人、独立行政法人等を通じ、国と密接な関係にある法人等への再就職を一元的に管理し、チェックを行う。このため、営利企業への再就職の「承認制」に加え、非営利法人への再就職について「事前報告制」を導入し、内閣はこれらの仕組みを利用して再就職の適正化を図る」
 では、内閣は具体的にどんな役割を担うのか。各府省からの報告を受け、次の承認手続きを行う。
  1. 営利企業への再就職の「承認制」 
    離職後二年間、離職前五年間に在籍していた機関と密接な関連のある企業への再就職については、内閣の責任において承認することとする。
  2. 公益法人、独立行政法人、特殊法人等への再就職の「事前報告制」
    離職後二年間、一定クラス以上の職員が離職前五年間に在籍していた機関と密接な関連のある法人に再就職する際には、事前に、最終官職、再就職先の名称、年齢等を、在籍府省を通じて内閣へ報告することとする。内閣への報告を踏まえ、内閣が責任を持って、再就職状況のチェックを行い、必要な場合には府省に対し是正を求める(以下略)。

内閣承認制のカラクリ

 批判を浴びた「公務員制度改革大綱」とどこが違うのか。
 まず、民間企業への天下りについての内閣の承認制だ。大綱では、各府省共通の承認基準に基づき各大臣が承認する、となっていた。この「大臣」が「内閣」に代わったのである。
 「内閣責任」というと、聞こえはよい。「国民の選んだ代表者の責任」だから、一見よさそうに見える。だが、実際は人事院のチェックをなくした「各府省による承認」と変わらない。なぜなら、内閣で課長級以上の幹部退職者の一々を判断することは実質不可能だからだ。
 各府省の退職者数は「課長級以上の幹部だけでも年間1285人(昨年8月までの1年間)、うち民間企業への再就職者は176人に上る。こういう多人数だから、結局は各大臣の判断に任せるほかない。その大臣はといえば、担当府省の人事部局や次官、局長クラスの場合なら官房長から上がってくる人事情報をもとに判断するほかないから、結局は官僚の言いなりになる。
 そうなると、各府省が「承認」を乱発し、天下り候補名簿が大臣経由で内閣にそのまま持ち込まれるのは必至だ。その何よりの危険は、民間企業への天下り承認の急増ばかりでない。天下りを企む各府省の責任を内閣に転嫁してしまうところにある。問題が起こっても、「内閣の責任において承認されています」と官僚たちは開き直れる。
 現状は、民間企業への天下りの承認基準の設定と審査、承認・不承認の決定は、第三者中立機関の人事院が行っている。この権限を人事院から取り上げ、各府省の自分たちの手に確保する、というのが官の本当の狙いなのだ。
 各府省は人事管理権を、公務員採用試験の企画立案・実施、給与勧告と監視、民間企業への天下り承認、給与の等級ごとの職員定数の設定(等級別定数制度)、職員の不利益処分に対する公正審査に至るまで、人事院に握られている。
 これを各府省庁は「足かせ」と感じている。「内閣承認制」にしてしまえば、代議士も国民も納得ゆき、思うままに天下りができ、しかも責任は問われない―こういう思惑が垣間見えるのだ。あるキャリア官僚OBがこう解説した。
 「政治家が喜ぶ内閣承認制にして目の上のコブ(人事院)を除き、実はしっかり取る、一種の“焼け太り”です」

実績評価は省益拡大欲を刺激

 能力・実績重視の体系自体は、民間の成果主義の流れに対応するものだ。現行の等級制はトップと上級幹部の「指定職」(中央省庁の事務次官、局長、局次長、審議官級)と、一般行政職の給与に分かれる。指定職は事務次官が、最高俸の東京大学と京都大学の学長(12号俸)に次ぐ11号俸、外局(社会保険庁や国税庁)の長官が9号俸、本省の局長が7号俸、本省局次長、審議官が3号俸にランクされる。
 その下の一般行政職となると、1級から11級までに区分される。本省課長が11級か10級、課長補佐が8級か7級にランクされ、各級ごとに15号俸から32号俸(主任クラス)まで細かく区分される。
 こういう現行制を改め、等級を能力・実績評価をもとに「4プラスα」に簡素化するというのだ。評価の簡素化自体はよさそうにも見える。が、問題は能力・実績評価が所属組織への貢献度を基準に行われるだろうから、省益を追求し、与党との調整能力にたけた「貢献者」が優遇されがちになることだ。
 役所の掟や利益を何より優先させる縦割りセクショナリズムの現状を改めない限り、能力・実績評価制の導入はむしろ帰属先への忠誠心を育み、役所の「一家主義」を強める恐れがある。各府省庁を「省益拡大」に向け刺激し、暴走させる働きをしかねない。

天下り装置を解体せよ

 公務員制度の抜本改革の本来の狙いは、天下りの厳しい歯止めと、最小の国民負担コストで行政サービスを効率化させることにある。だが、「改革」と称して各府省の人事裁量権を拡大すれば、各省のタガがますます外れ、今以上に不祥事を引き起こす可能性のほうが高い。
 ここで重要な対案を提示しておかなければなるまい。人事院が7月に発表したモニター調査結果(対象500人)によれば、公務員制度改革で取り組むべき課題として、78%もが「天下り規制の厳格化」を挙げた。次いで「キャリアシステムに代表される特権意識の一掃」57%、「不祥事への対応の厳格化」55%と続いた。
 ところが、制度改革の与党案には天下りへの厳しい歯止めも、キャリア制の廃止も全く盛られていない。いかにも官僚の企画立案らしく、自分たちの人事管理権と天下り権限の拡大を「内閣」を隠れミノに実現しよう、というものだ。

 一度の試験合格で「幹部昇進」の資格を得るキャリア官僚の待遇が、どれだけ国民の生活実感からかけ離れているか、退職金を例にとってみよう。
 世論の批判を受け、国家公務員の退職金水準は、2002年12月から給与引き下げに伴い徐々に下がってきた。それでも次官(勤続37年、59歳で退職のケース)で現在、8032万円の退職金が支給される。今年10月からさらに下がるが、それでも7807万円の高水準だ。局長クラス(勤続34年、7号俸)だと、退職金は6195万円。10月から微減して6021万円。
 課長補佐で60歳で退職したケース(勤続42年、行政職8級20号俸)でも、2760万円の退職金を手にできる。10月から2682万円と若干減るが、民間企業の平サラリーマンでふつう、これほどの退職金は貰えない。
 そればかりでない。キャリア官僚は、退職後は所管の公益法人や特殊法人、独立行政法人(独法)、民間企業にそれぞれ天下りして、役員の地位と十分な給与を保証されるのだ。特殊法人や認可法人が衣替えした独法の場合、常勤役員の約7割を天下り組が占める。職員の大部分も旧特殊法人や所管官庁出身者が占めるが、30以上の独法で職員の平均収入が、年齢構成に合わせて比較した国家公務員の平均収入よりも多いことが判明している。
 職員の年収が独法で一番高い農畜産業振興機構の場合、じつに国家公務員より4割近くも収入が多い(同機構のホームページによる)。
 このような「官尊民卑」「官高民低」の現実に、国民は心底から怒っているのだ。

 こうしてみると、早期にキャリア官僚の退職を促し、天下り先のポストを世話する早期退職慣行とキャリア優遇制の廃止こそが、天下り装置の解体につながる。  これを公務員制度の抜本改革の最大の目玉に据えなければならない。