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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第52章 ガラス細工の最終報告、危うい道路4公団民営化


(2002年12月25日)

 政府の道路関係四公団民営化推進委員会は12月6日、今井敬委員長(新日本製鉄会長)が辞任する大波乱の末、最終報告を多数決で決定し、小泉首相に提出した。最終報告は、高速道路建設に歯止めをかけたうえ、新会社は発足後10年をメドに保有・債務返済機構の所有する道路資産を買い取り、「機構」はこの時点で解散することを明記した。8月末時点の中間報告(中間整理)が大幅に軌道修正され、改革色が鮮明になった。

最終報告の意義と限界

 しかし子細にみると、最終報告にいみじくも記述されたように、債務返済スキーム自体「ガラス細工」のようなものであり、しっかりした民営化案からはほど遠い。
 そうなった理由は、なにより道路4公団の財務認識で7委員が一致しないまま議論が進んだ(というよりは行ったり来たりした)からである。公団は特有の会計方式(「償還準備金積立方式」)をとっているだけに、財務実態はわかりにくい。民間企業会計手法を適用すれば、黒字のはずの日本道路公団さえ債務超過(総負債が総資産を上回る破産状態)の疑いさえある。なのに、今井委員長をはじめ委員の大半はこれを無視して、「会計の真実」に迫ろうともしなかった(前第51章を参照)。
 財務状態の理解がバラバラなのに、民営化案の論議が噛み合うはずはない。委員会として財務掌握をまず行う必要があったが、今井委員長はそうはせずに、一部委員の疑問の声にも耳を傾けず、議論を迷走させたのだった。
 国民負担の認識でも、委員間のギャップは大きく、最終報告の欠陥の一つである現状同様の「最大50年償還主義」、つまり子孫への国民負担の先送りスキームをもたらしている。
 いわば、堅固で見事な構造物となっていないガラス細工の脆い民営化案なのである。

 だが、この民営化案すら容認できずに去った今井委員長の辞任劇が意味するものは何か。単に自民党道路族の圧力に屈した、とするなら、それは初めから予想されていたことではなかったか。
 今井委員長自身、委員会が始まった頃は、新会社が道路資産を保有して建設・管理を主体的に行う「上下一体」方式を主張している。それが8月には機構に道路を保有させ、新会社は国と機構との契約に基づき機構から建設資金の助成を受けて道路建設を行う「上下分離」案を突然採用し、中間報告に押し込んだ。
 ところが、最終局面で高速道路建設に歯止めを掛けるスキームが表れると、強硬に反対した。そして、まとめきれずに、なんと委員長の職責を放棄してしまったのである。
 この流れからみると、高速道路建設を新組織を使って継続しようとする強大な政治勢力を今井氏は代弁していた、と判断できよう。今井氏が土壇場で投げ出したのは、小泉首相自身から「国会で通る、通らないは考えなくていい」と言われ、同意を得ていたはずだったのにハシゴを外されたためだ、との噂が飛び交ったのも、あながち不自然ではない。
 以下、民営化最終報告の意義と限界に立ち入って検証してみよう。

最終報告のポイント

 最終報告のポイントは、次のようになる。

 ―以上のように、中間報告で批判された、新会社に干渉必至の機構の半永久的存続と、機構による建設資金助成の可能性のどちらも最終報告では排除された。道路建設への新会社の参画は事実上、採算が合う路線に制約される。結果、中間報告のまやかし部分が大幅に修正されたのである。

中間報告の「修正部分」

 今井委員長と中村英夫委員(武蔵工業大教授)の2人が反対し、賛成5委員と対立したのは、この中間報告の「修正部分」、つまり機構を通じた道路建設が不可能になった部分だった。
 道路族にとって肝心な「機構を絡めた道路建設スキーム」が最終段階で覆されたのは、中間報告時には支持派だった松田昌士委員(JR東日本会長)と猪瀬直樹委員(作家)が、機構の設置にそもそも反対する「上下一体」派に歩み寄ったからである。
 松田委員が11月上旬に口火を切った「10年以内の機構解散と新会社の道路資産買い取り」提案は、「上下分離」を期間限定とする事実上の軌道修正案。これに上下分離方式への反対を曲げなかった川本裕子委員(経営コンサルタント)、田中一昭委員(拓殖大教授)、批判的だった大宅映子委員(評論家)に加え、機構を早くから発案した猪瀬委員が支持に回り、委員会の流れを変えた。五委員は協力して意見を集約し、事実上の最終報告となる「松田委員提出資料」(11月29日提出)がまとめられる(しかし、猪瀬氏は12月初め、今井氏が指示して提出させた委員会事務局案との妥協を図るべく調整に乗り出し、失敗に終わっている)。

 ともあれ、「道路建設推進」対「建設抑制」の対決構図が報道される中で、上下分離派をリードした猪瀬氏も松田案に乗るほうを選んだ、というのが真相のようだ。
 結局、上下一体方式の自説を堅持した川本、田中両委員の存在に加え、松田委員の軌道修正および議事運営を不満とした今井委員長への解任動議(11月末)が、まやかしの中間報告民営化案を葬る原動力となった、といえる。

限定された高速道路建設

 最終報告が自民党道路族、国土交通省にとって到底のめる内容でないことは、松田委員の提出資料から明らかだ(資料1)。それによれば、政府の高速道路建設は次の3つのケースに限られる、としている。
  1. 新会社が独自に建設に着工しようとした場合、余剰資金の内部留保の一部や自主調達資金を建設費として使うケース。
  2. 新会社の内部留保と自主調達資金でも不足する場合は、不足分の建設費用を国と地方自治体が負担し、自ら建設を行うか新会社に建設事業を委託するケース。
  3. 新会社は建設費を負担せず、国と地方が直轄事業で建設を担うケース。

 以上の3ケースに建設が限定されるなら、新会社が高速道路整備計画9342キロを完成することは不可能になる。約40兆円に上る大借金を抱え、内部留保に回るような余剰資金なぞ望むべくもないからだ。
 そうなると、国と地方が道路特定財源のガソリン税分などを使って直轄事業で建設するしかない。これまでに公団が活用した財投資金も使わなくなるから、自民党道路族、国交省、地方自治体ばかりでなく財務省も反対に回ることは明らかだ。族議員と国交省、財務省が喜んで受け入れた道路公団拡大版の中間報告とは大違いなのである。
 財務省は、無責任財投の責任を追及されず、財投システムを損ないそうにない中間報告に満足しない理由はなかった。

債務超過が反映されず

 このように最終報告は、スキームとしてかなり改善されている。にもかかわらず、スキーム自体に重大な欠陥を持つことも否定できない。前述したように、道路4公団の財務状態を一部委員を除き正確につかみ損なったまま、スキームを組み立てたせいである。
 バランスシート最良の日本道路公団を含め4公団の財務実態が相当に傷んでいることは、2001年9月末に初めて公表された民間会計手法を取り入れた行政コスト計算書類である程度明らかにされた。しかし、厳密に民間ベースでみれば、この発表された財務諸表よりも、本当の実態はもっと悪いことが確認されている。理由は、特殊法人の場合、民間企業のように職員の退職給付引当金が計上されていなかったり、政府からタダで貰える補給金を除外していなかったり、固定資産税や法人税の推定額を計上してないためだ。
 川本委員が試算したところ、1年以内に返済の流動負債を含む負債総額は四公団合計で41兆円(2001年度末)に上り、定率法、定額法などによる総資産額を大きく上回っていることがわかった(12月6日提出資料)。つまり、かなりの債務超過に陥っているのである(資料2)。
 しかし、委員会の主流派は前月号で伝えた通り、日本道路公団の債務超過報道を「誤報だ」と決めつけ、真偽かどうか調べもしなかった。
 最終報告はこの会計誤認が正されないまま、まとめられている。

 ということは、機構から道路を買い取る10年後に、経営が自立できる状況ができるとは考えにくい。財務実態に照らせば、収入を現行の2兆円超プラスαずつ毎年確保し続け、本四公団の債務の一部を切り離し処理したとしても、10年後になお途方もない大借金を背負っていることだろう。そのうえで、機構から20数兆円に上る道路資産を買い取れるだろうか。早期上場など夢のまた夢だ。
 おまけに、最終報告は4公団の台所事情をことさら無視するかのように、国民受けを狙って「民営化の目に見える成果として、通行料の平均一割引き下げを民営化と同時に実施」と決めたのである。
となると、他の合理化努力を積み上げても経営に余裕は生まれそうにない。10年も労苦に耐えて借金を返し続け、それでもなお道半ばの状態ならば、果たして経営と労働に株式上場を可能にするような高い士気と規律が期待できるとは思えない。

今井委員長がキレた背景

 最後に、今井委員長がキレて辞任した背景を考えてみたい。
 11月以来、今井委員長主導による報告取りまとめに暗雲が垂れ込める。目に見えて焦りだしたのは、他ならぬ石原伸晃行革担当相だった。机を叩いたりして「どこから資金を調達するのか」「これじゃあ行政が持たない」などと叫び、今井氏に加勢している。委員でもなく、事務局長でもない石原氏が、露骨なまでに第三者委員会に干渉したわけは、中間報告にある建設継続の線でまとめなければ、と決め込んでいたせいだ。  
 当然、背景には自民党道路族からの有言無言の圧力があったはずだ。だが、それだけだろうか。官邸、いや首相からの圧力はなかったか。  
 今井氏は「私は道路族の代表でも何でもない。小泉応援団です」と公言していた。それが、今井氏が建設抑制派五委員に圧倒され、説得が困難になった土壇場に、「国会で通る、通らないは考えなくていい」と小泉首相から言い渡されたのは先述した通りだ。支えてくれるはずだった首相の豹変が、実は今井氏を辞任に追いやったのだ、とする「解説」は、後を絶たない。




(資料1) 建設スキームとして採用しうるケース
出所)松田昌士委員提出資料

(資料2)
出所)川本裕子委員提出資料




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