■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第44章 二財団が「積算価格」を高め設定
                ― 公共工事費が異常に高い理由      
(2002年5月30日)

 日本の国内総生産(GDP)に占める公共事業費の割合は、先進国中ずば抜けて高いが、その一要因に公共建築工事の単価が民間工事の約二倍にも上っていることが挙げられる(内閣府『地域経済レポート2001』資料1)。公共事業費は税金で賄われるだけに、国民にとっては何とも納得しがたい負担増だ。公共工事費はなぜ高いのか ― この問題を追及すると、二つの公益法人が毎月刊行している、公共工事予算の積算基礎とされる建設資材価格の「高め設定」の疑惑が浮かび上がる。公共事業の巨額の利権を狙う政官業が、傘下の公益法人を使って公共事業をつり上げている疑惑である。

官主導の二財団が出版を独占

 役所は公共工事の予算を見積もる際、二つの資料をもとに積算する。業者も同様に公共工事費の積算に同じ資料を使う。
 この二つの資料とは、財団法人・経済調査会が刊行している月刊誌『積算資料』と財団法人・建設物価調査会の同『建設物価』である。双方とも同じ定価3800円で市販され、資材価格、工事費、労務単価などの市場調査結果が一覧表の形で各900ページ前後表示されている。
 この二冊以外に同種の相場資料はないから、二つの財団が建設価格の市場調査・出版・情報提供のビジネス分野を独占的に分け合う。競争誌が二つあるのなら、価格の違いが多少はあって当然だが、奇妙なことに生コンなど多くの価格は全く横並びだ。
 このことは、調査方法が同じであることを暗示する。財団の調査マンによれば、地域の業界団体・組合や有力メーカーから建値を聞くなり、木材のように特定の専門誌紙をみたり、鉄・非鉄のように問屋の価格表をみたりして価格を決める。守備範囲が広いので毎月一々調べているわけではなく、むしろメーカーの存続や社名の確認に時間が割かれるという(「積算資料」の場合、調査点数5-6万点に対し調査マン約200人)。
 このため、デフレだからといっても、無難な「高め・横バイ」で表示されやすい。なぜなら、調査マンが言うように価格の下落を表示すると業者などから苦情が出やすいが、高めならどこからも問題にされないためだ。

 公共事業に取り組む役所は、以上の資料をもとに建設関連価格を積み上げて予算を組む。したがって、値下げ競争が激しく建値が下振れする民間工事費に比べ、公共工事費が膨らむのは自然の流れだが、実勢の費用が民間比二倍にも膨れ上がるのは、構造的要因が加わるからである。その要因とは、公共事業費が膨らむほうが利権の規模が膨らんで、事業にかかわる政官業も潤う仕組みのため、二財団の積算基礎価格が「高め誘導」されるわけである。むろん、後述するように二財団ともに旧建設省OBが理事長ポストを押さえ、事実上、国土交通省主導の経営になっている。
 財団職員によると、市場の実勢価格は4月現在、土木資料で財団の表示価格より3割、コンクリート製品で4割、ガラス、建具などの建設資材で3-4割相当それぞれ安い。公共工事の請け負いは、ゼネコン(元請け)→サブコン(下請け)→専門工事会社(孫請け)へと降ろされていくから、ゼネコンの受注が仮に100億円でもサブコンにその8割、さらに末端の専門工事会社に元請け価格の5割強の50億円強で請け負わせているのが現状だ。段階的にピンハネされた分は、政治献金や裏金にも化ける(例えば、北海道釧路での二路線の高規格道路工事を巡り受注企業の七割以上が、地元出身の鈴木宗男衆院議員(元北海道・沖縄開発庁長官)に政治献金した事実が、4月の衆院内閣委員会で明らかにされている)。
 こういう土建請け負い慣行だから、公共事業に絡む政官業にとって、二財団の積算基礎価格は関係者が等しく潤うよう「高め設定」されなければ困るのだ。

鈴木宗男の地元・釧路が突出

 『積算資料』と『建設物価』から、不自然な価格表示を検証してみた(双方の価格水準はほぼ同一。別付資料は『建設物価』5月号から引用した)。

 まず、鈴木宗男衆院議員の地元・釧路の骨材のうち「土建屋の命」といわれる砂利が異常に高価格だ(資料2)。札幌より6割強、帯広より8割強も高い。
 釧路の生コン相場も異様だ(資料3)。札幌の2.8倍、帯広の1.9倍近い。
 両誌が同相場を聞き出したとみられる地元の業者組合の理事長に、それぞれ高くつく理由を訊いてみた。
 釧路骨材販売協同組合の曾我部喜市理事長(「北泉開発」社長)によれば、「骨材の資源不足」がコスト高の理由だという。「河川保全のため近くの河川敷から砂利や石を採取できない。札幌、帯広と違って30キロも遠方から運んでくるものもある」  他方、成田三詞理事長(「太平洋富士生コン」社長)は、次のように言う。
 「札幌、帯広が低すぎる。赤字を出して操業しているはず。帯広の生コン生産量は二倍以上あるから、コストは当然安くなる」。地域差からくる価格差で、自分たちの協同組合が決めている価格こそ正常、という。二理事長とも、鈴木議員に業界としても会社としても政治献金はしていない、政治家や財団などに価格の高め設定を頼んだこともない、と断言する。

 一方、価格調査に当たった財団側の言い分はこうだ。
・ 釧路の業者は協同組合が統制して販売価格を決め、守る。アウトサイダーはいないから一本化できる。この共同販売事業は独占禁止法の適用除外とされている。札幌は協同組合はあるが、事実上競争状態。
・ このほかに骨材の供給量や遠い産地から来る運送費の格差も価格差の背景にある。

 ―たしかに釧路の業者協同組合の力は相対的に強そうだが、地元に確認したところアウトサイダーは存在するのだ。先の理事長によれば、骨材業界で協同組合加盟が5社、アウトサイダー5社と、勢力は二分されている。
 生コン業界はそれより結束力があるが、組合員10社に対し2社がアウトサイダー。これらアウトサイダー業者の販売価格は、当然組合価格よりも低い。
 だとすれば、『積算資料』『建設物価』ともにアウトサイダーがいるのに事実認識を誤り、協同組合の言い値をそのまま掲載していることになる。
 疑問はもう一つ残る。
 公正取引委員会によれば、中小企業からなる協同組合の共同販売事業に基づく共同価格決定は、中小企業等協同組合法により独禁法の適用除外とされるが、ただし「一定の取引分野における競争を実質的に制限することにより不当に対価を引き上げることとなる場合は、この限りでない」(同第22条)と法律に明記されてある。組合が果たして競争制限して、価格を不当に釣り上げていないかどうか、大いに疑わしい。

独禁法に触れる疑い

 公共工事用の“価格元帳”には、ほかにも不可解な数字が並ぶ。例えば、ヒューム管(コンクリートパイプのこと)の価格は98年に急落後、3年連続して上昇し、ことしに入って「高値横バイ」だ(資料4)。消費者物価が4年連続下落しているデフレスパイラル下で、異例の高騰といえる。
 財団側はアウトサイダー抜きで協同組合が減産をテコに「完全共販」(組合が全量を共同同一価格で売る業界用語)を98年11月から実施して効果を上げたためだという。問題は、ここでも競争制限による不当な価格引き上げに該当している疑いがあることだ。
 二財団の価格の「高め設定」が疑われるもう一つの理由は、双方の月刊誌とも各ページの価格資料の下段に広告を通常二コマづつ載せているが、記載されている資材メーカーが同じページに広告を打っていることである(資料5)。同広告料はひとコマ7万円程度。広告料を払う立場なら、働きかけ(価格の高め設定)も通りやすい。価格の公正さが疑われても仕方あるまい(これについて経済調査会は、価格資料に広告を入れない措置を来年4月号から実施するという)。

労務単価は東北がなぜ高い

 こうしてみると、二財団が発表する資材価格資料には疑問符が少なからず付く。だが、国と都道府県などが調査する「公共工事設計労務単価」にもまた、不自然な個所がある。人件費が安いはずの岩手、青森、宮城、秋田など東北各県の労務単価がなぜか突出しているのだ。
 『積算資料』4月号によると、2001年度の同労務単価(所定労働時間内・1日8時間当たり)は、東京の普通作業員が14700円に対し岩手が12%高の16400円、青森が16200円、秋田が15700円、宮城15500円などとなっている。東京から東北に出稼ぎに行ってもおかしくない格差だ。なぜ、こんな怪現象が起こるのか。

 調査の元締めである国土交通省総合政策局の労務資材対策室に訊いてみた。
 担当官によれば、支払われている賃金を賃金台帳チェックのほか銀行振込みに関しても一部調べるなど、調査は厳正に行われていると言うばかりで、はっきりした原因はつかみ切っていない。
 この東北の奇妙の労務コスト高についても、当局はきちんと調査する必要があろう。
 このように次々に疑問が浮上する背景には、調査活動を行う二財団の理事や監事ポストに中央官庁OBが天下っている実態がある。戦後まもなくの発足時のような独立した調査機関ではなく、政官業の利益共同体の一角を占める官が支配・主導する調査機関とみられているのである。
 経済調査会は常勤理事7人のうち山口甚郎理事長と常務理事2人が国土交通省OB、監事(非常勤)2人のうち1人は会計検査院OB。技術顧問1人も、元会計検査院技術参事官だ。建設物価調査会も常勤理事7人のうち田口二朗理事長と理事2人が国土交通省OB、監事(常勤)が会計検査院出身。
 しかも、出版事業として経済調査会は業者向けに会計検査のポイントを教える『会計検査院ガイドブック』、建設物価調査会は『月刊会計検査資料』、『国土交通省土木工事積算基準』などを刊行している。文字通り、二財団は官と組みつつ業者に公共事業費用の見積もり法と監督当局の手の内を明かす「情報中枢」として機能しているのである。



(資料1)
出所)内閣府「地域経済レポート2001」

(資料2)
出所)『建設物価』5月号(以下同じ)

(資料3)

(資料4)

(資料5)


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