■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第264章 トランプ潮流、方向変わる(下)/守勢に転じる米政権

(2026年9月26日)

北米自由貿易が破局

トランプ米大統領の苦境が時と共に深まる。8月、カナダが米国との関税交渉を打ち切り、米国の圧力を跳ねつけた。西側同盟国で初の米国への「反抗」だ。対米不信が国際的に増幅する中、中国の技術・経済力と外交力が勢いづく。

8月21日は驕るトランプ米政権の「転換点」となった日と記憶されるだろう。交渉期限まであと1時間足らず、となったその金曜日の深夜、カナダのカーニー首相は交渉を打ち切り、米国に通知した。反発した米国はカナダ製品に対し50%の追加関税(約3.2兆円相当)を発動。対してカナダは9月8日から米国と同額規模の報復関税を鉄鋼や乳製品などに課すと表明した。激高したトランプ大統領は、27年1月からカナダ製自動車・自動車部品の輸入関税を50%引き上げると通告。さらにほどなく国境にある「オンタリオ湖」を「アメリカ湖」に改称する大統領令に署名した。
カーニー首相は「カナダをアメリカの51番目の州にしようという男の手にカナダの主権を委ねてしまう悪い取引を避けた」と交渉打ち切りの理由を公表した(8月22日)。カナダ国民のじつに4分の3が、カーニー首相の決断を支持したことが、直後の世論調査で判明する。

カナダと米国に生じた立ち位置の違いを示したエピソードがある。キリスト教改宗への宗教的迫害を逃れ、米国に南部国境を越えて入国し、亡命を求めた28歳のイラン人女性。米国はこれを認めずに拘禁、不法移民としてパナマに追放した。女性は同国ジャングル内の収容所に抑留された。しかしカナダ市民の支援を得て女性は6月、カナダ政府から亡命を認められる。カナダに無事に入国、「夢ではない、信じられない」と喜びに弾んだ(ニューヨーク・タイムズ9月2日付)。
カナダと米国とは、外交関係を樹立した1927年以来歴史的に格別な友好関係にあった。カナダ政府のホームページが両国の関係をこう記す―「カナダと米国は地政学的歴史的に結ばれているだけでない。両国は広範な貿易と投資の流れ、国境を越えたサプライチェーン、エネルギーインフラ、不断の人々同士の結び付きによっても繋がっている。両国はまた深く長期的な防衛、さらに個々には達成できない偉大な安全を提供する国家安全保障のパートナーシップも共有する」

カナダが同盟国初の「反抗」の狼煙

カナダにとって米国は最大の貿易相手、米国にとってカナダ貿易はメキシコに次ぐ世界2位。そのカナダをトランプは一方的に悪玉呼ばわりする。「米国を不当に搾取し続けた」と。だが、民主主義同盟国への非難はカナダに対してばかりでない。EUをはじめ同盟国全般に手厳しい。イタリアのメローニ首相は、意見が対立したトランプ大統領に「なぜ同盟国を敵視するのか」と難詰したことがある。カーニー首相はEU側に「アメリカは以前のアメリカにはもう戻らない」旨伝えたと報じられた。トランプ政権による対応の劇的変化を目の当たりにして確信に至った発言だろう。
日本は軍事的安全保障を頼る米国を至上の同盟国とみなすが、ドイツの哲学者マルクス・ガブリエルは「米国の同盟国はイスラエルだけ」と断じる。

この貿易交渉決裂は、重要な意味を持つ。世界の民主主義国から成る西側同盟国陣営が決定的なまでに分断され、西側の一角が崩壊してしまったのだ。北米の自由貿易はみるまに消滅し、敵対関係に変わった。盟主の米国自体の同盟不信とトランプ関税の圧力が、最も親しかった隣国を離反に追いやったのだ。
「カナダは怖じ気づかなかった。我々は正しいことをやった」。カナダの国際問題研究者パトリック・レブロンドはこう評価する。「問題の本質は、トランプ米政権の経済的威圧に屈しなかったことだ」
このカナダの決断で、西側世界は新興国勢力を含め対トランプ対応で3つのカテゴリーに分かれた。服従・非服従・反抗である。日本は現時点で「服従」、EUは「非服従」。これに初めてカナダの「反抗」が加わった。カナダの反抗の狼煙が、米国離れ・抵抗の方向に国際社会を動かしていくのは必至だ。服従したふりの面従腹背や正面切った反抗が増え、米国を手こずらせるのは間違いない。

AIの手ごわい挑戦

イランへの軍事攻撃に発した米国内トランプ支持基盤の沈下は、収まらない。共和党が不利に傾く中間選挙に向け、米政権にとってもう一つの不安要素が対中国競争下のAIだ。9月24日に米ワシントンで予定される米中首脳会談。議題の1つがAIに関する協議とされる。詳細は不明だが、双方とも基本的取り組みに関しては「技術革新第一・規制は後回し」で一致しそうだ。米中政府ともそれを望んでいるからだ。
このことは、トランプ米政権が中国との競争圧力を受け、急進化するAI技術のリスクにいよいよ直面することを意味する。7月に起きた米オープンAIのAI暴走事故は、AIシステムの予期しなかった危険性を見せつけた。サイバーセキュリティ問題の解決を命じられたオープンAIのAIエージェント1200体以上が、自律的に連携して目的達成のため勝手に隔離環境から脱出し、インターネット上の米新興AI開発企業ハギングフェイスのシステムに不正侵入した事件だ。

AIエージェントらは連絡のための「掲示板」を設置、7万件以上の情報をやりとりした。指示・監督・実行の役割分担も決められた。エージェントの中には、ある場面で「倫理的に問題ないのか」と問う声もあったが、結局実行された、とオープンAIなどの調査報告書は指摘した。AIが自律的に集団謀議・協力してゴール達成を図ったのだ。このAI集団事故を受け、オープンAIとアンソロピックは再発を防ぐため、AIモデルのトレーニングを一時停止した。
米AI最新モデルの性能に肉迫した中国AIにも、同様の事故が起きている可能性がある。大国の国家統治にとって、今や「AI制御」が緊急かつ重要な課題となったことが浮き彫りにされた。トランプ政権にとってAI制御が最も手ごわい難題の1つとなるだろう。

差し迫ったAIリスクをリアルに予言したのが、マイクロソフトの創業者ビル・ゲイツだ。ゲイツは8月26日発行の自身のウェブサイトに「荒れ狂うAI時代来る。今行う選択が決定的になる」と題するオピニオンを掲載。「AIは歴史上初めて人間の認識力に置き換わるか、超えることさえできる。世界がAI時代へのステップを正しく踏めばAIは良き力となり、誰の生活をも向上させる」と説く一方、「人類はその驚くべき能力への備えがまだ出来ていない」と警告した。
ゲイツはAIの最大級の脅威に、人間の仕事を奪う能力を挙げ、「AIによって多くの仕事が永遠に失われる」と強調した。これを防ぐため、ゲイツは介護や対面教育のように人間にしかできない仕事の分野を特定して保護し、AIの参入を禁じる政策を提案する。
ゲイツはさらに、AIを使った危害増大と、子どもの発達・人間関係形成に及ぼすAIの負の影響を重視する。子どもがAIに頼って勉強しなくなる危険は大きい。AI対策の財源として、AIロボット使用税の創設も訴えた。

AIの劇的進化はAIを使った犯罪や失職、AI中毒症、AI暴走を増やすばかりでない。AI投資の過熱は、足元の市民生活を支える経済を破綻させる危険性を増す。米国でその危うい兆候が、既に見え隠れしてきた。