■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「白昼の死角」
第254章 虚偽情報の世界(中)/AIの肉体的欠陥

(2025年12月26日)

生成AIに沸く株式市場

生成AIの開発・投資熱が沸騰している。米オープンAIのサム・アルトマンCEOは12月、対話型AI 「チャットGPT」の進化加速を求め、社内に「コードレッド(緊急事態)」を宣言した。米グーグルの新モデルの発表に衝撃的な危機感を表した。日本でも株式市場で生成AI主導の乱高下が続く。

日経平均が史上初の5万円台に乗せた10月27日。その牽引役が米オープンAIに投資するソフトバンクグループ(SBG)や半導体製造装置のアドバンテストだった。ダウ平均が史上最高値を更新した米株式市場の牽引役は、AI向けGPU(画像処理装置)1強のエヌビディア。同社はオープンAIに投資するオープンAI陣営に属する。
10月にIPO(新規株式公開)を狙う会社組織に変えたオープンAI。生成AI競争で、独走体制を固めたかに見えたが、11月に異変が起こる。株式市場の主役が、グーグル陣営に交代したのだ。エヌビディア、マイクロソフト、SBGなどオープンAI陣営が大幅安に転じた反面、グーグルの評価が急上昇する。 グーグルが発表したAIモデル「ジェミニ3」。最上の評価も受け、オープンAIの優位性がぐらついた。

ここで注目すべきは、2026年に続く投資資金の流れだ。投資の焦点の1つが「AIを巡る覇権競争」に絞られてきた。そこにはAIは経済成長と産業競争力の中核になり、地政学リスクが高まる中、国家安全保障につながる、との見立てがある。 AIは超知能、フィジカルな汎用ロボットに向かう。半導体は微細化・集積化、量子ビット化、特定用途向け化が進む、とする。
投資が向かう先は、AIプラットフォーマー、AIエージェント、AI専用端末、データセンター、ロボット、自動運転、ドローン、半導体関連などだ。

AI崇拝広がる

2026年も、AIは一層世の関心とカネを集め、生活に浸透・普及していくと推測されている。AI技術崇拝が一段と広がり、教育・社会環境にAI支配の様相が強まろう。この状況下、AIの類なき特性、AI特有の危険性をここで明確に把握しておく必要が生じる。
留意ポイントの1つは、SNSを利用した選挙工作・世論操作である。その政治の罠は、AIアルゴリズムで作られ操られる。

関係情報や似たような意見を集める「フィルターバブル」、同じ意見や感じ方に繰り返し接して共鳴度を深める「エコーチェンバー」、特定のウェブサイトに同じ思考や好みの者を結び付ける「サイバーカスケード」。これらの共感を呼ぶSNS技巧で、利用者の感情が高まり、「お気に入り」となって情報が拡散される。ショートな動画や断定セリフが、見る者を煽りやすい。過激な動画に極端文言を加えるやり口が広がる。

AIデジタル技術が情報の洪水を引き起こす一方、アルゴリズムは商業目的の広告効果や情報基盤のデータ収集を求めて暗躍する。利用者の検索やクリック履歴を分析し、好みや関心をつかみ「最適」と判断したコンテンツを表示しようと試みる。
情報の真偽は2の次だから、情報はフェイクを含み、信頼性は低い。利用者の注意を奪い、閲覧数を上げる―これがSNS事業者とインフルエンサーの至上課題となる。
情報の提供元としての信頼性で、ネットは最低クラスに留まる。日本新聞協会24年秋の調査によると、調査対象1200人の6割近くが信用できる情報提供元として新聞を挙げた。ネットメディアの信用度はわずか2割未満。SNSを操るアルゴリズムが、無法者のようにデジタル情報空間を支配する。

肉体感性のないAI

SNS情報が信用できないのは、AIが情報の真偽を見分けない技術的理由ばかりでない。AI自体に重大な欠陥が潜んでいるせいである。それは「肉体的欠陥」と言ってよい。
AIは肉体がないから、人に共感するふりはできるが、真に共感することはできない。
AIは収集データから自らディープラーニングを深めて相手の感情に寄り添うことはできる。が、それは集合データから機械的、論理的に行うのであって、自然な感情によるものではない。

ディープラーニングは、人間の脳をまねた多層のニューラルネットワークによってなされるコンピュータの深層学習だ。これを人間が介在していた学習領域からAIが一歩踏み出した「ブレイクスルー」、とAI研究の第一人者、松尾豊・東京大教授は位置付ける。
このAIのディープラーニングによる急速な進化で、人間脳は言語と数学分野でAIに打ち負かされる。AIと人間の関係性は一変した。既にチェス、囲碁、将棋はAIが人間プロの先生役となった。生成AIの言語生成や文章要約のスピードは人間技でない。

人間は感性的認識で際立つ

AIと人間の関係性の考察で、卓越した見解を提示したのがバチカン(ローマ教皇庁)だ。「AIと人間知能の関係についての覚書」と題した25年1月28日付バチカン文書。双方の関係性を正面から取り上げ、価値を比較評価した論考だ。
論考はむろんキリスト教の教理から、人間の知能を神のイメージからつくられた人間への「至上のギフト」とみなす。そこから「人間的」という意味を自らに問う時、「われわれの科学技術力を除外して考えることはできない」とする。この宗教的見地を念頭に読み進めると―
重要な点は、AIシステムと人間の決定的違いだ。それは、肉体の有無や生い立ち、経験など生来的要因によるという。

AIは数量的データとコンピュータの論理に基づく仕事の出来栄え、目標達成、意思決定に目ざましく貢献する。多様な分野で多量のデータを統合し、複雑な方法をモデル化し、学際的な結び付きを見つけることに長ける。これにより従来の単一な視点や狭い関心からは得られなかった新しい知見を専門家が得て、複雑な問題の解決が可能になった。AIの功績は多大だ、とする。
「しかしながら」と論考はAIの限界を指摘する。「AIは基本的に論理的・数学的な基礎構造に留まり続け、そこから固有の制約が生じる。これと対照的に、人間知能は個人の肉体と精神が成長する間じゅう有機的に進化する」。注目すべきは、成長して無数の体験を学ぶ肉体の存在だ。AIは「機械学習」のプロセスを通じて学習するが、人間は具体的な体験(embodied experiences)を通じて学ぶ。
人間知能の体験は、感覚による認識、情動的な反応、社会的やりとり、時々の深い印象などから成る。感覚や感情といった感性的認識の重みは際立つ。AIは人間の心(mind)の能力の一断片を表しているにすぎない、と断じる。