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■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「白昼の死角」 |
第249章 関税危機下、どうなる経済/日本経済変調(中)
(2025年8月26日)
世界恐慌の歴史を無視した米関税
日本経済はスタグフレーション(不況下の物価高)の様相を濃くしてきた。物価高の影響で実質賃金が減り続け、個人消費が低迷する。8月7日からは米相互関税の新たな税率15%が課された。今後どう影響してくるか。
内閣府はこれまでのところ2025年度のGDP成長率を0.7%と推定する。米国の関税措置でGDPの下押し幅は0.3〜0.4%と予測した。日本と同様、輸出産業で自動車がトップのドイツの場合、米高関税の影響はGDPを0.6%超下押しするとの試算がある。内閣府の負の影響評価は「小さめ」に見える。
米相互関税はおよそ70カ国・地域に及ぶため世界的な貿易破壊を招くのは必至だ。関税が誘発する物価高も当の米国を直撃し、影響は世界規模で広がる。
かつて1930年6月、米フーバー大統領が発動した関税政策は、たちまち前年10月に始まった米国発恐慌を未曽有の世界大恐慌に拡大した。世界貿易は縮小し、英国に続いて日本も31年12月、通貨と金の価値を結び付けた金本位制を離脱。通貨切り下げ(円安)により輸出拡大を図った。
世界的な保護貿易体制は第2次世界大戦につながっていく。しかしこの「歴史の教訓」をトランプ米大統領は無視し、国際社会に「アメリカ・ファースト」を強気に押し通すばかりだ。日本やEUなどと築いた同盟・友好関係も意に介さない。
米経済に不況のシグナルと物価不安
米関税引き上げの負の影響が世界的に現れるのは、これからだ。米国自身が物価高の返り血を浴びるが、その負の兆候は7月に現れてきた。米労働省が発表した7月の雇用統計。就業者数が市場予想を大きく下回った上、5 、6月の伸びが大幅に下方修正された。
トランプ大統領はこれに激怒、「統計を改ざんした」と根拠を示さずに統計局長を解雇したが、改ざんしたとは考えにくい。米求人サイトの求人広告は7月に急減している。
海外に目を転じると、有力な大国や先進国が米国の関税政策に立ち向かう可能性が高まる。「米国の51番目の州」となるよう公然と要求され、35%の新税率を課されたカナダ。トランプと親しい前大統領への政治的迫害を理由に50%もの関税を突き付けられたブラジル。さらにロシア産原油の大量購入や農業の市場開放拒否を理由に、当初の25%に追加して倍の50%を課されたインドが対抗措置を模索する。カナダは併合要求を前に、安易な妥協は見せられない。1930年の大恐慌時に他国に先立ち真っ先に報復関税を打ち出した実績もある。カーニー首相は“死に物狂い”で戦う可能性がある。
ブラジルのルラ大統領は、いち早く米関税政策を非難し「報復関税」を口にした。25年に日本を抜きGDP世界4位に上がる見込みのインドのモディ首相も、ブラジルと手を組み、加盟するBRICSの連携強化を図る構えだ。日本企業のインドやブラジル企業とのサプライチェーンに重大なリスクが生じうる。
情勢急変の日本経済「次の一手」
日本は「次の一手」をどう打つか―。日本の目指すべき力が、破壊の軍事力ではなく創造的な経済力であることは明らかだ。経済強化のヒントは、内閣府が7月末に発表した2025年度経済財政報告にあった。
報告は賃金と物価の好循環を「定着しつつある」と評価した。が、これは4月頃までの情勢。以後、物価の上昇は食料品を中心に加速し、実質賃金は6月、前年同月比1.3%マイナスと6カ月連続で減少した。
日銀も7月末の経済・物価情勢の展望で、情勢変化を見逃した。消費者物価(生鮮食品を除く)について「25年度に2%後半、26年度1%台後半、27年度2%程度と予想される」と事実上“インフレ解消”を宣言した。
だが、消費者物価は上昇を続け、6月には上昇率は4カ月ぶりに縮小したものの3.3%を記録した。が、肝心のコメの前年比2倍を含め食料品は8.2%も値上がりした。
GDPの5割半ばを占める個人消費の向上が、経済改善のキーポイントとなるのは当然だ。そこから経済政策は、「持続的所得増」を基本に据える必要がある。問題は、24年、25年に大企業で5%を大きく超える大幅賃上げにもかかわらず、物価高から実質個人消費が低迷していることだ。
「企業は好調・家計は萎縮」の状況から脱け出せない。ブレイクスルーのカギは、1つは企業が600兆円規模に上る内部留保を「持続的賃上げ」に義務的に振り向けることだ。内閣府の調査では、家計の7割近くが「消費の回復には給与所得増が有効」と回答している。
だが、それが実現するためには企業はさらに儲けなければならない。これには、経済要求を通す対米交渉力のような政治力が要る。給与所得の持続的増加には、企業の収益増と併せ政治の意思と決定力が欠かせない。
家計調査から浮かび上がる大きな消費抑制要因は、現状の「物価不安と将来不安」だ。消費者は日々、コメや野菜の高騰をスーパーマーケットで見て物価不安を胸に抱く。8割弱の消費者が「食料品の値上がりで物価上昇を実感する」と答えている。そして消費者の8割ほどが「ここ1年の物価の大幅上昇は今後も続く」、半分弱が「1年後に日頃よく購入する品物が10%以上高騰する」と予想する。この庶民の不安なインフレ予想は、日銀政策委員の「26、27年度に1〜2%後半程度」とは大違いだ。
(図1)消費を減らしている/増やしたい分野 (図2)消費を増やす環境変化 (出典: 内閣府) (出典: 内閣府)
「豊かになって消費を増やしたい」と考える人は多いが、「消費を増やしたい分野」は節約して削っている「食費」が最多を占める(図1)。「おいしい食事で生活をもっと充実したい」と思っているのだ。食料品価格の安定が国民の幸福感に直結していることが分かる。
将来不安も、消費を抑える。将来の不確実性が高まれば、積極的な消費や投資の意欲が起こりにくくなるのは当然だ。家計調査から、消費を増やす環境要因としてトップの「給与所得増」に続き、2番目に「社会保障の充実」が挙がる(図2)。将来の安定と希望が生きがいとなり、消費を活発化させるつながりが見えてくる。
物価不安と将来不安の解消が、当面の経済政策の最大課題となる。その政策シンボルが、コメの増産と年金制度改革だ。