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■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「白昼の死角」 |
第246章 トランプ政権の行方(下)/ソフトパワー大国からの転落
(2025年6月26日)
TACO大統領の大揺れ言動
トランプ就任から4カ月余。いよいよはっきり見えてきたことは、トランプ政権がもたらした「米国の信頼失墜とソフトパワーの没落」だ。ここに来てトランプ政治を象徴する事件が立て続けに起こった。国内では、政権の思い通りにならない米名門ハーバード大学への弾圧と外国人留学生のビザ発給停止。国際社会ではウクライナとロシアの停戦交渉仲介から身を引き、事態を事実上放置したことだ。
世界を翻弄したトランプ関税は大揺れする。中国産レアアースの入手困難から米国が急遽呼びかけた米中協議。相互に課した追加関税を5月12日、一気に115%引き下げで合意に至る。EUに対しては6月から50%の関税を課すと表明したが、その発表2日後に発動を延期した。
この状況からトランプ米大統領を揶揄する「TACO(タコ)」なる取引用語が、世界の市場に飛び交った。英フィナンシャル・タイムズ(FT)記者の造語で、「Trump Always Chickens Out(トランプはいつもびびって尻すぼみ)」の頭文字を取ったものだ。ゴルフでパットがカップに届かないと「Chicken!」というが、これをトランプの言動になぞらえた。
一方、就任前「24時間以内に戦争を終わらせる」と豪語したウクライナとロシアの和平仲介もTACOになる気配だ。「大国による解決」のトランプ流「ディール」が不調なら、TACOとなりやすい。
トランプ大統領は6月5日、ロシアによるウクライナ侵攻を「子どものけんか」にたとえた。「しばらくやらせた後、引き離したほうがよいかもしれない」と述べ、即時停止を諦めた可能性を示唆した。前日のプーチン・ロシア大統領との協議でも、停戦どころか「報復」を明言し、大規模攻撃を図るロシアに対し、制裁拡大の可能性に言及しなかった。
プーチンの言う報復とは、ウクライナが6月1日未明に実行した4000キロ以上も離れたシベリアなどのロシア空軍基地へのドローン攻撃に対してである。この奇襲は成功し、ロシアの戦略爆撃機を少なくとも12機破壊した。ウクライナによると、1兆円規模の損失を与えたという。ロシアの衝撃は大きかった。コストの安い小さなドローンが、東京からタイほどもある長距離の軍事基地を襲ったからである。ウクライナの新ドローン戦術を見せつけ、戦争の激化と長期化を予想させた。
が、トランプは動こうとしなかった。ウクライナ支援どころか、北朝鮮などの支援を得て攻撃を強化し、領土拡大を目指すロシアの地上侵攻を放任する構えを見せた。
科学研究の危機深まる
このことはトランプ政策の性質を映す。ウクライナ戦争を「子どものけんか」、つまり民主主義とは重要な関係のない「地域紛争」と見ているのだ。そこから「米国が関わる戦争でなく、欧州が関わるべき戦争」「ディールとしてのみ米国に関心がある」という外交姿勢となる。
この米国の変化は、日本を含む民主主義国の先行きを不安定かつ不確実な見通しに変える。
トランプ独裁体制に「民主主義の理念」が欠けていることは、迫害と呼ぶべきハーバード大など名門大学や研究機関への大幅な資金カットに明らかだ。
米政治専門メディア「ポリティコ」は、1月以降政府機関が次々に大幅支出削減を行い、世界的な支配力を持つ米国の科学の力を削減する実態を伝えた。それによると、ホワイトハウスの予算案は、全米科学財団の資金を半分以下に削減した。これについてホワイトハウスの科学担当トップは「過度にイデオロギー的または非科学的であると認識されている研究を減らす」のが狙い、と語った。バイデン前政権が促進した多様性(DEI)政策関連の研究などを指すようだ。しかし実際には、資金削減規模はそれらのプログラムの排除を大きく上回る。
基礎的な科学技術研究の主要な資金提供者である全米科学財団は、1990年以前の研究資金規模に後退した。「米国の研究者にとって最も深刻な打撃は、政権が1600件以上の有効な助成金を廃止したことだ」(5月22日付)と明かす。
米国が最も誇る科学技術の基盤となる学術研究費が大きく削られ、研究者らが解雇される。これが、民主主義とそこから生まれる多様な文化・科学の価値を世界に示してきた米国のソフトパワーの衰退につながるのは明らかだ。
米国から頭脳流出続く
米国の自由とソフトパワーこそが、世界に比類のない「アメリカの強みと魅力」の源であったはずだ。米国が最強の競争相手とみなす中国の人民日報までが、ワシントンの動向を専門家の言葉を引用してこう書いている―「数十年にわたり培われた米国のソフトパワーが、急速に衰退しつつある。保護貿易政策、外国人留学生への敵意、一方的外交策を重ねた結果だ。そのダメージは修復不能となるかもしれない」(6月4日付)。
米国からの頭脳流出も活発化する。中国や香港の大学が相次ぎ米国の優れた研究者やハーバード大の留学生らの誘致に乗り出した。同窓会名簿などを手掛かりにメールを送り、奨学金や単位交換など優遇策を提示している。日本では東北大が真っ先に優れた学者、研究者、留学生らの受け入れを表明。留学生の受け入れは約90大学に上る。東北大はトップ級の研究者を300億円を投じて約500人、日本相場の3倍ほどの報酬で受け入れる考えだ。
トランプ大統領はハーバード大の外国人留学生の割合を「上限15%程度」(現状は3割近い)が望ましい、と語った。トランプ政権はハーバード大への措置は「全ての大学と学術機関への警告」とし、締め付けを強める。
トランプ政権に愛想をつかした米国の有力な学者や研究者の「米国脱出」も目立ってきた。
3月に米エール大学教授を辞め、カナダ・トロント大学の教授に就任してカナダ移住を決めた哲学者ジェイソン・スタンリーもその1人だ。「ならず者と戦うのに(カナダは)格好な場所だ」と語る。
スタンリーは近著『歴史を消す(Erasing History)』で、ファシズムの特徴として「教育上の全体主義」を挙げた。21世紀には、これがLGBTQをしばしばターゲットにしてきた、と指摘する。彼らは社会のエイリアン(alien=異邦人、よそ者)とみなされたという。
トランプ・アメリカの姿が、次第にプーチン・ロシアに似てきた。