■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「白昼の死角」 |
第231章 2024年異変(中) 歴史的な「日本買い」続く/個人消費が経済復活のカギ
(2024年3月15日)
一変する日本経済の評価
金融市場の異変は収まらない。東京株式市場の日経平均株価は3月4日、ついに史上初の4万円の大台に乗せた。円安による割安感、日本経済のデフレ脱却、日本企業の経営改善が巨額の海外マネーを呼び込んだ。
終値が4万円台を付けた時点で、年初からの株価上昇率は20%に上り、G7主要国のなかで米国を上回り、トップとなった。株価急騰の主役は海外投資家で、買いの約7割を占める。生成AIの急進化を背景に半導体・AI関連や経営効率を高めた大型株に盛んな買いが入った。海外投資家の多くが、日本経済のファンダメンタルズ(基礎的条件)の向上に注目し、「ドルベースでみれば、日本株はなお割安の水準にある」との感触を示す。
ここで年初来の株価異変の真因を探ってみよう。日本経済は海外勢が期待するように「失われた30年」から復活していくのか―。
海外投資家が揃って対日投資する前提となったのが、円安がもたらした日本株の割安感だ。足元の円相場は3月7日に反転するまで1ドル=150円前後で推移した。23年末より9円前後円安だ。しかも日銀はゼロ金利解除に踏み切った後も、金融緩和策を維持する方針を表明している。円安化の主因とされた内外の金利差が大きく縮小することはない、との観測から日本株の割安感は高まった。これが日本株に目を向けさせた第1の要因だ。
1月から始まった新NISAを使って、個人投資家の若者らが一斉に買ったのは、米国株や米国株中心の世界株の投資信託だった。日本株は海外投資家が大半を買い、米国株は日本の個人投資家が大量に買う奇妙な構図が鮮明になったのだ。
では、海外投資家は日本経済と企業のどこに着目したのか。まずは日本経済のデフレ脱却だ。目下、日本経済は日銀総裁が2月に認めたように、輸入物価高を引き金に「インフレ状態」になっている。が、ここに至るまで、日本経済は苦難を経なければならなかった。いや、この苦難のお陰で長年のデフレ経済からの脱却が可能になった、と言うべきかもしれない。
その「苦難」とは、コロナ禍とロシアのウクライナ侵攻がもたらした。コロナ禍はソーシャルディスタンスを強いて外食産業、観光業、運輸業などを直撃した。その結果、エッセンシャルワーカーの労働価値が見直されるようになる。同時に、人手に代わるAIへの期待も高まる。さらにウクライナ戦争でロシアとウクライナの小麦など世界的な穀物輸出の減少、ロシア産原油・天然ガスのエネルギー供給減で世界規模の物価高が生じた。
その渦中にあった日本も、頑なに持っていたデフレマインドを改めないわけにはいかない。こうして食品や生活必需品の値上げ、さらに賃金の引き上げが不可避となり、実行された。自然にインフレ状態に移行できたのだ。
海外の投資家の目に、このデフレ脱却は「日本が経済低迷に、ついに終止符を打った」と映った。日本を危うくなった中国に代わる投資先として、全面的に見直したのだ。
次に日本の企業の経営改革と業績の顕著な改善が、海外投資家に高く買われた。上場企業の24年3月期の純利益は3期連続で過去最高を更新する見通し。とりわけ海外勢から重視されたと思われる経営指標が3つある。
1つは、1株当たり利益(EPS)だ。当期純利益を1株当たりに換算したもの。企業の収益力を知る指標となる。大きいほど企業の収益力が高いことを示す。EPSが過去最高水準に達する中、東洋経済の3月はじめの企業調査によると、上位ランキングの1〜3位を海運3大手(川崎汽船、日本郵船、商船三井)が占めた(4位は任天堂)。コンテナ船市況が高騰したのが向上の主因。 コロナ後の経済活動の躍動が指標から伝わる。これを見た海外投資家は「日本は変化した」と評価したことだろう。
経営指標の改善に買い集中
2つ目は、米欧企業に見劣りした自己資本利益率(ROE)の改善だ。ROEは投資家が投じた資本に対し企業が上げる純利益の割合だが、これも14年に政府の諮問研究会が目標水準と提言した(いわゆる伊藤レポート)「8%以上」を上回る10%台直前に迫った。
3つ目のPBR(株価純資産倍率)。市場が評価した値段(時価総額)が純利益の何倍か、を示す指標だ。「1倍が株価の下限」と考えられるため、株価の適正水準を計る目安となる。これも大きく好転し、海外勢から「日本の企業改革が進んだ証」と見直された。
これらの企業努力は、金融庁が、大企業の「もたれ合い」解消を求めた損保大手に対する政策保有株の売却要求や、東証によるPBR向上などの改革要求に背を押された。監督当局からの圧力を受けた官民一体型の改革成果であった。海外投資家は、そこに改革の現実味を実感したのである。
改革志向の高まりから、自社株買いや株主層を広げる株式分割、海外企業買収も活発化した。これも海外投資家の株高・配当高への期待を引き寄せた。
企業改革が買われた代表例が三菱商事だ。2月時点でROEが15.7%、PBRが1.5倍に達した。米金融大手ゴールドマン・サックスは、日本の株式市場を沸騰させた「セブン・サムライ(7人の侍)」として、株の持ち合いを解消したトヨタ自動車や半導体製造装置メーカーなどと並んで、三菱商事を挙げた。海外投資家が買い銘柄を仔細に調べ、選んでいることが分かる。「集中と選択」が進んだ結果、一部の人気銘柄に投資が集まり値を急騰させる一方、他は置き去りされて低迷する市況形態となる。現に2月までの時点で半導体関連など上位10種の上げ幅は、全体の6割を占めた。
株式市場には株価の先行きについて、「まだまだ上がる」と「既にバブル」との見方が交錯する。はっきりしていることは、企業経営が二極化している現実だ。企業改革の進み具合はちぐはぐで、著しく成果を上げてきた企業と旧態依然の企業の2つに分かれる。
23年から振り返ると、企業の不正行為が続出した。ビッグモーターの保険料不正請求、ダイハツの認証試験不正、日産自動車の下請けメーカーへの強制値引きなど、ガバナンスどこ吹く風の無法ぶりを見せつけた。全体として経営改革はようやく先頭集団が進みだしたところではないか。
この歴史的な株価高騰から浮かび上がった問題は、日本経済が復活に向け、力強い前進を持続できるかどうか、にある。明るい光が点滅せずに続けて差し込むには、まずはGDPの5割以上を占める個人消費を活発化させなければならない。そのためには、何より可処分所得の増加(賃上げ)が必須となる。