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沢栄の「白昼の死角」
第229章 デジタル資本主義の危険な特性 / どこで方向を間違えたか

(2024年1月26日)

狂ったIT開発方向

生成AIの登場で盛り上がったデジタル資本主義。2024年は、AIへの対応論議が一段と活発化する見通しだ。デジタル資本主義の華やかな全体像の裏面の「危険な特性」が、ここにきて注目を集めている。

筆者は昨年12月、米IT学者、ダグラス・ラシュコフの来日講演を聞いた。 ラシュコフは最近著『デジタル生存競争(Survival of the Richest)』(堺屋七左衛門訳、ボイジャー社)で、ITビジネスで大成功した億万長者らの「マインドセット(無意識の思考パターン)」によるデジタル支配を解き放つ必要を説く。デジタルネットワークを現状の寡占支配型から分散型へ、水平的な相互依存型へと変えなければならない、と主張する。
デジタル資本主義に対するラシュコフの解説は明快だ。インターネットの幕明け当時、「やった!これでIT技術は皆に共有される。デジタル・ルネサンスが到来すると思った」。だが、「狂ったビル・ゲイツらはデジタル技術を「共有」とは反対方向に持っていった」と断じる。そして「IT長者が作ったカラクリを知って、真のデジタル・ルネサンスを今から実現しなければならない」と熱っぽく訴えた。
ラシュコフによれば、今をときめくIT億万長者らは、“暫定的な勝利者”にすぎない。なぜなら、まやかしのビジネスのひと時の勝利だからだ。災難を逃れて火星移住を本気で考えるイーロン・マスクのように、彼らは「逃避」のマインドセットを持つ。自分たちは問題から逃げだす一方、利用者には現実の問題を見えないように欺いているという。

<写真>ダグラス・ラシュコフ氏の来日講演会
<筆者撮影>

デジタル長者の特異な価値観

ラシュコフが重視するのは、デジタル革命の価値観だ。IT開発者やファンド投資家らIT億万長者のマインドセットによって形成されたもので、伝統的な人間の生き方や生活習慣を「即刻変えるべき」と否定する。この特異な価値観は、デジタル技術固有の性質からくる、とラシュコフはみる。
前著『ネット社会を生きる10カ条(Program or Be Programmed)』によれば、人間は時間と共に生きるが、デジタル技術は時間とは全く無関係に存在する。時間をベースにした人間の身体と心をデジタル技術に結び合わせようとすると、人間の持つ生命のリズム、周期、連続性から切り離されることになる、と警告する。

初期のネットの利点は、違った。相手と自分がせわしく対話するのではなく、全員が好きな時にネットに接続しメールをした。「オンライン」だが、リアルタイムとは違い、手紙をやりとりするような状況だった。当初、オンラインの大部分の活動はこのように「非同時」で、対話はゆっくり進み、相互に理解が得られやすく、深いつながりが生まれた。
主張が争っていても冷静になるための時間があったので、暴言を吐くのではなく、最適な反論を考えることができた。集団で問題に取り組むという新しい協議モデルもできた。従って、当時多くの人がインターネットは世界の紛争や対立の万能薬になると思ったのだ、とラシュコフは指摘する。
オンラインの主な対話手段であったメールは、考えながら相手に文章で語りかける。相手も同様にして応えるから、意思が通じやすい。生成AIの瞬時応答とは性質が大きく異なり、人間相互のつながりが実感できる。
しかし、今や時代はデジタル支配者の価値観をいつの間にか受け入れてしまった、とラシュコフは危惧する。

格差2極化進む

時と共に姿を現してきたデジタル資本主義の「危険な特性」とは、一体どんなものか―。
その危険性は、大きく2つに分類される。1つは、世界の社会全体に波及した「経済格差の2極化」だ。もう1つは、個人の内面生活への負の影響である。とりわけスマートフォンへの依存と生成AIの登場で「人が考えないようになる」、「情報の真実かウソかが分からなくなる」との懸念が深まる。

1つ目の「格差の2極化」は、スマホ普及と歩調を合わせ2010年以降、極限にまで進んだ。先を行く米国では、国民の富の保有で上位トップ1%の超富裕層が21年第2四半期に、中間層全体を上回った。 トップ1%が米国全体に占める資産比率は記録的な27%に上昇。持ち株など資産価値の急騰で“超億万長者の米国支配”が一層際立った。 一方、欧州、英国ではトップ1%が全体の富に占める割合は10%超、日本は10%弱とされる。米国より格段と低いとはいえ、その比率は上昇し中間・貧困層は相対的に貧困化した。

もう1つ、デジタル技術競争の中、企業収益の2極化も急激に進む。この2極化は、企業淘汰と従業員の雇用・給与格差、ひいては経済社会の不安定化をもたらす。
米画像処理半導体(GPU)最大手のエヌビディア。1993年の創業で当初はゲームの画像処理向けを手掛け、任天堂の「Nintendo Switch」などに供給したが、その後、生成AIの開発にGPUが使われ始めたことで売上が跳ね上がった。 需要急拡大を受け、独自のGPU向け汎用並列コンピューティングプラットフォーム「CUDA」を供給、画像処理だけでなく、汎用計算用途にも圧倒的なシェアを広げた。

このエヌビディアが2023年米株式市場の“台風の目”となる。米バンク・オブ・アメリカのストラテジスト、マイケル・ハートネットが成長株に挙げた米テック7社が、23年のマーケットを力強く先導した。 このテック7社の中でも突出したのが、エヌビディア。23年12月下旬時で時価総額はメタ、テスラを上回る1.2兆ドル(約170兆円)に急増した。
23年時価総額の増加率順位はエヌビディアを筆頭にメタ、テスラ、アマゾン、アルファベット、マイクロソフト、アップルと続いた。このテック7社の時価総額は計12兆ドル(約1700兆円)、日本の上場プライム株式時価総額840兆円(23年11月末)の2倍に上る。7社への投資の熱源は、チャットGPTの公開(22年11月)をきっかけとした生成AIに高まる期待だ。
結果、企業業績の2極化も極端に進行した。富はほんのひと握りの人と企業に集中し、大部分の市民と企業は富の集積マシンから置き去られる構図が鮮明になった。

<写真>Jensen Huang (エヌビディアCEO)
出典: NVIDIAウェブサイト

個人の内面生活に侵入

経済社会の2極化と共に浮き彫りにされてきたのは、個人の内面生活への負の影響だ。これはスマートフォンの継続的作用によるといってよい。 『スマホ脳』の著者アンデシュ・ハンセンによれば、ライフスタイルが急速に変化し、人類が体験したことのない種類のストレスが存在するようになった。
だが、スマホの弊害は刺激性によるストレスにとどまらない。スマホの魔性は、主に次の8つの形態となって現れ、悪影響を及ぼす。

・刺激する、注意を奪う→ストレスを起こす、時間を奪う、考えなくなる
・極論化→感情を刺激→意見の中庸を排除
・共感より憎しみ・嫌悪を誘発
・(ブラットフォーマーは)利用者のコントロールを常時工作→アプリ、ターゲット広告、利便性で操作
・フェイクニュース、フェイク・誤情報で操作→真がん不明情報拡散→政治に利用
・「無料」「利便性」でスマホ中毒化を拡散
・体制側がスマホ支配→国民を監視・支配
・デジタル犯罪をつくる→詐欺、児童虐待

スマホの常用で「考えない人」になるのは、自明だ。ひっきりなしのチャットやメール、やりかけのゲーム、見たい動画―スマホの中毒化が進むのも無理もない。 まず懸念されるのが、長期にわたりジワリと表れてくる「考えない人」の増加だろう。既に多くの脳科学者が指摘するように、注意を奪い続けるスマホは考える脳の機能を弱める。

一方、アプリの技術革新が、人をますますスマホへの熱中に駆り立てた。 動画共有サイト「TikTok」が、その新技術の好例だ。米国には1億5千万人もの利用者がいるとされる。TikTokは10〜30代の若者にとりわけ人気がある。その人気の秘密は、誰もが動画や画像を作成して投稿でき、利用者が好きなものを見られることだ。
しかも選ぶことに面倒はいらない。現れる画面に興味がなければ、面白そうな画像が出るまで指で上にスクロールして次々に消していける仕組みだからだ。そのプロセスには「選択の手間」がかからない。 興味深い動画がたちまち手に入る、とあって、利用者の目はスマホに注がれ、指はせわしく動く。利用者はこれに夢中になって時間が奪われる。「考える」という時間をかけた脳の機能は、停止状態となる。

<写真>周受資 Shou Chew (TikTok CEO)
出典: 周受資氏のX(旧Twitter)

フェイク情報が暗躍

スマホに現れる意見が極端化しやすいことは、もはや周知の通り。X(旧ツィッター)などで、何回もリツイートされるのは、感情を刺激しやすい言葉に限られる。そこで極論が横行し、中庸な意見、バランスのある主張は排除される。 リツイートが多いと報酬がもらえる。スマホの言論は基本的に扇動型になる。よく考えられたまともな論説、意見が少なくなる。結果、憎悪・嫌悪の情が刺激され、社会の分断化を促す。
GAFAMらプラットフォーマーは収入源の広告を得るため、利用者をあの手この手で誘導しようとする。例えばグーグルはグーグルの提供するサービスを検索トップに表示するなどの自社優遇措置を講じているのが問題になった。情報履歴を基にしたターゲット広告で利用者を誘導するのも、得意の手だ。

フェイクニュースは、今年11月実施の米大統領選の勝敗を分けかねない。前々回2016年選挙では、ロシア発のフェイクニュースに民主党のヒラリー・クリントン候補が敗れ、予想を覆してトランプ大統領を誕生させる一因となった。生成AIの進化で情報の真実がますます見分けにくくなる。
スマホ中毒拡散の一因は、スマホの「無料」とアプリの更新・追加による「利便性」向上の仕組みにある。中国系のTikTokのサービスには、米政府・議会の警戒が深まる。 生成AIを使って不正送金させるデジタル詐欺や児童に同じジェンダーを装ってフェイク情報で近づき性加害に及ぶケースが急増する。

しかし最も警戒を要するスマホ悪用の1つは、公安警察・情報機関が暗躍して実行しかねないスマホを使った国民監視・支配だ。国民のプライバシーが国家権力に侵され、丸腰にされるる事態となりうる。日本に中国モデルを導入するようなことがあってはならない。