■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第210章 国際金融体制刷新へ/ロシア経済、中国の支配下に
(2022年5月16日)

ロシアのウクライナ侵攻は、第2次大戦後のグローバル化した国際金融秩序を一変させた。米欧日が結束して国際金融を初めて武器に使った経済制裁。ロシアを苦境に陥れたばかりか、ロシアを支持する中国をも既存のブレトンウッズ体制から離反させる作用をもたらした。 西側世界は、自由に開かれていた金融秩序に「相手が自分たちに安全か否か」の安全保障の尺度を持ち込み、新たな金融秩序づくりに向かい始めた。

米欧日が課した対ロ制裁の最強の一手は、SWIFT(国際決済網)からのロシアの排除だ。これにより、ロシアは制裁対象外とされた一部大手行を除き国際貿易などの送金処理をドル、ユーロなど基軸通貨で行えなくなる。輸出入資金の決済が困難になり、貿易の急激な縮小を余儀なくされる。欧州連合(EU)は5月4日、追加制裁としてロシア最大手のズベルバンクなど3大手行のSWIFTからの排除を発表した。
これに対しロシアは、窮余の策として中国が米国主導のSWIFTに対抗して構築した国際送金ネットワーク・CIPSの活用とか、制裁対象外の銀行からの送金や、保有する金(きん)による代替決済で対抗するしかない。
だが、その効果は限定的だ。CIPSはSWIFTと比較すれば規模は遥かに小さい。しかも人民元建てで決済しなければならない。ロシアにとって中国との貿易には有効だが、他の決済は限られる。 CIPSに頼れば、ロシアは一層中国への貿易依存度を高め、中国経済圏に呑み込まれていくのは避けられない。 ウクライナ侵攻は墓穴を掘った。戦争の長期化と共にロシア経済は中国の支配下に陥っていく。

米欧日のもう一つの経済制裁、ロシアの中央銀行の資産凍結のインパクトも強烈だ。ロシアのシルアノフ財務相は3月、中央銀行が保有する外貨準備と金のうち約半分相当の3000億ドル(約39兆円)分が凍結されていると国営テレビで発言。中国との協力強化で事態を打開する意向も表明した。
外貨準備は通常、通貨を発行している相手国の中央銀行に口座を開設し、その口座に預金するという形で保有する。自国内には持たない。ロシアの場合も、外貨準備のうち全体の2割弱を占めるドル資金については米国の中央銀行・FRB(米連邦準備制度理事会)への預け金である。これが凍結され、引き出せなくなる。
米欧日の制裁で、ロシアは通貨ルーブルの暴落に見舞われる。3月初めには侵攻前に比べ3割以上も下がった。ルーブルの価値下落を受けロシアの輸入価格が急騰、国内物価の急上昇・輸入物資の供給不足に跳ね返った。ロシアは米欧などがロシア中銀の外貨準備凍結を解除するまでルーブルで支払う、と宣言。 他方、中国、インドに原油など資源のルーブル建て輸出を行ってルーブル価の引き上げを図り、一時は侵攻前の水準にまで戻した。
だが、外貨不足からロシアの一部銀行が4月、ドル建てロシア国債のデフォルト(債務不履行)に陥った。経済危機は依然続く。

ここで現れてきたのは、金融を武器とした劇的な経済制裁である。過去の北朝鮮やイランへの制裁とは比較にならないほど強力だ。世界の金融秩序を支える西側主要国が団結し、金融の大ナタを振るったのである。 米国と欧州はロシア新興財閥「オリガルヒ」への経済制裁も強めた。これによりロシア経済を弱体化し、相互依存の関係にあるプーチン体制への圧力を増した。オリガルヒがロシアの石油・天然ガスの資源をはじめロシア経済の根幹を握り、体制を支えてきたからだ。

イエレン米財務長官は22年4月、ワシントンで開かれた米シンクタンクでの講演で、第2次大戦後の国際金融秩序・ブレトンウッズ体制に代わる新たな枠組みづくりを呼びかけた。市場の自由に任せている従来方針からの脱却である。 背景に、市場の自由に任せていては米国の安全が脅かされる、とする危機感がある。ロシアへの経済制裁に反対し、ロシア側に立つ経済大国・中国を念頭に置いた発言であることは疑いない。
イエレン発言は、自由貿易を維持するために、各国・地域が「一定の原理原則を守ること」を求めた。「安全な自由貿易」の必要を説いたのだ。その原理原則の軸には米国の「安全保障」がある。 新金融秩序のあり方をイエレンは「フレンドショーリング(friend-shoring、友で支え合う)」という言葉を使って表現した。信頼できる国・地域にサプライチェーン(供給網)を整備し、「フレンドショーリング」をしよう、と。信頼できるためには「共通の価値観」がなければならない。 価値観の共有を欠いては、国の安全保障が脅かされる、というのだ。
国際金融の新体制づくりが始まった。