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沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第175章 「物価安定目標2%」見通し立たず/社会保険料上昇が要因

(2017年9月19日) (山形新聞『思考の現場から』9月16日付)


アベノミクスの支柱となる「異次元金融緩和」。その究極の目標である「物価安定目標2%」の達成は依然、見通せない。日銀は7月の金融政策決定会合で、物価上昇率2%の目標達成時期の見通しを従来の「2018年度頃」から「19年度頃」に1年先送りしたが、19年度の目標達成も至難で、危うい状況だ。
目標達成時期の先送りは、異次元緩和を開始した13年4月以降、これで6回目。黒田東彦総裁の任期は18年4月に切れるため、任期中の目標達成は不可能と認めた形だ。

米国をはじめ主要国の物価安定目標はいずれも「2%」。2008年のリーマン・ショック後、景気回復に伴い英、米、EUとも11年に物価が2%以上に上昇した。日本がようやく1%台半ばに達したのは「異次元金融緩和」後の14年になってから。15年以降は再びゼロ%前後に低迷し、金利もゼロ%近辺で死んだように動かない。 日本の7月の消費者物価(生鮮食品を除く)は前年同月比0.5%の上昇幅。
なぜ、日本の物価はいつまでも2%に届かないのか。マクロのデフレ要因として人口減少を指摘する識者もいるが、当たっていない。
総務省によると、生産年齢人口(15〜64歳)はたしかに1995年に8726万人のピークに達したあと、2016年には7656万人に減少した。しかし労働力人口(15歳以上で労働する能力と意思を持つ人)の数を見ると、その間6666万人から6673万人に微増している。 これは近年、女性と高齢者の就業が増加したせいだ。4年ほど前から働く女性と高齢者が急増した。生産年齢の女性の3人中2人が就業する。人口減少がデフレの真因とは言えないことが分かる。
他方、上場企業の業績は好調だ。今年4月〜6月期は7割強の企業で純利益が増えた。有効求人倍率も、7月は前月より上昇して1.52倍、完全失業者も減少傾向をたどり、2.8%と完全雇用に近付いた。 いずれの指標も、「経済好調・物価上昇」の方向性を指し示すはず。

筆者は日本の物価が上がらない大きな要因の一つに、年金などの社会保険料の上昇をみる。会社員の給与額に応じて毎月納付される社会保険料は、強制徴収される点で一種の税金だが、この負担の重さが軽視されているのではないか。
月々の納付額の大きい厚生年金保険料をみると、保険料率は年々上昇して今年9月には給与の月々18.3%相当とピークに達した。9月以降はこの保険料率が固定・適用され、月給から徴収される。 保険料支払いは労使折半とされ、会社員は月々9.15%の徴収となるが、その負担感は相当に重い。
海外では先進年金モデルの評価が高い北欧、オーストラリアなどは、いずれも現役時代に自らの責任において年金原資を積み立て、引退後に受け取る積立方式が基本。日本のような強制的な高負担はない。
2000年に始まった介護保険の場合、保険料は労使折半で健康保険料と一体的に徴収される。高齢化が進んで介護保険料は3年ごとに5回にわたって引き上げられた。65歳以上の高齢者はいまでは日本の人口の4分の1以上。 厚生労働省によると、介護保険料は16年度に全国平均で月5514円。20年度には6771円、25年度には8165円に急伸する見込みだ。
非正規雇用者や自営業者が納付を義務付けられている国民年金の定額保険料。これも年々上がって、今年4月にはピークの月16490円に達した。

このような上昇し続ける保険料支出が、家計を圧迫している。このことは家計の支出に占める食費の割合を示す「エンゲル係数」をみれば、明らかだ。エンゲル係数は、2016年に2人以上の世帯で前年より0.8ポイント上がって25.8%となった。 家計支出の4分の1以上が食費に充てられているわけだ。この高水準は、1987年以来29年ぶりとされる。
背景に、食品価格の上昇、共働き世帯や単身世帯の増加による調理食品の購入増が指摘された。しかし、基本要因として生活の糧となる食への支出は削りにくく、食以外への支出が抑えられる「生活の余裕の低下」が挙げられよう。 げんに昨年の1世帯あたりの月間消費支出は実質で前年比1.7%減っている。支出を切り詰めた結果、食への支出が相対的に高まった家計の姿が浮かび上がる。
こうしたことから、国の政策の重心を効果が失われた異次元金融緩和から経済成長戦略と年金など社会保険の抜本的な制度改革に移さなければならない状況が読み取れる。