■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第161章 「成長戦略」の矢、的を外れる/抜本改革は見送り

(2013年7月1日)

快走を続けたアベノミクスが、失速している。日銀の大規模金融緩和で急激な株高・円安を続けた金融市場は、5月下旬に一挙に調整局面に入ったまま脱け出せない。 背景に「第3の矢」である成長戦略が的を外した、との失望がある。勢いを取り戻すには、成長戦略の練り直しが必要だ。

目玉なし、驚きなし

アベノミクスの第1の矢「異次元の金融緩和」は、的を射抜いた。黒田東彦日銀総裁が市中に出回る資金量を2年内に2倍に増やし、物価上昇率2%を目指す量的金融緩和策を発表して以来、内外の投資マネーを呼び込み、市場は目ざましい株高円安相場に沸いた。
しかし5月23日に日経平均株価が1143円暴落して株式相場は暗転、以後、円高への反転と並行して「異次元緩和」前の水準まで急落し、乱気流状態を続けた。
株価の急落を促した大きな要因が、安倍晋三首相が6月5日に発表した「成長戦略第3弾」だ。
市場では「目玉がない。驚きに欠ける」「総花的で改革に踏み込んでいない」「混然と並べ立て具体性に乏しい」などの厳しい評価が支配的だ。市場は第1の矢「異次元金融緩和」を熱烈に歓迎し、第2の矢「公共事業を柱とする財政出動(総額13兆円規模の2012年度補正予算)」を支持したあと、第3の矢に対し冷ややかに株価急落で応じたというわけだ。信認されたアベノミクスが初めて「ノー」を突きつけられた形となった。

市場が「期待外れ」とみなした成長戦略の特徴を見てみよう。
安倍首相は4月に成長戦略の第1弾を公表、働く女性の子育て支援を柱に「保育所定員40万人増」などを打ち出した。5月に発表した第2弾では「農林水産物・食料輸出を1兆円規模に」「設備投資を70兆円規模に」「インフラ輸出を30兆円に」「世界大学ランキングトップ100に10校ランクイン」を柱とした。
6月5日に公表した第3弾は、「民間活力の爆発」をキーワードとした。「インターネットによる市販薬の販売を解禁」「規制でがんじがらめの官業を民間に開放」などと並んで「国民1人あたりの国民総所得(GNI)を10年後に150万円以上増やす」を打ち出した。国民総所得増については、のちに国民総所得には企業の得た所得も含まれる旨修正している。
安倍首相は発表後の株価急落を受け、企業の設備投資減税に加え、「秋に追加策」を打ち出さざるを得なくなった。7月21日の参院選挙まで失望した国民の期待をつなぎ留め、参院選の勝利後にTPP交渉をにらんで農業などの改革を追加するのが狙い、と見られる。
日本株売りを主導した外国人投資家らは、成長戦略のどこに失望し、“落第点”を付けたのか―。米金融筋などが期待した成長戦略像から探り出してみよう。

規制改革、実質骨抜き

改革の評価は、改革への考え方・取り組み方で決まる。つまり、哲学と組み立てがしっかりしていなければならない。具体的には「将来を見すえた深彫りの抜本改革か、目先の表層的な改革か」で真がんを計ることができる。それは言いかえれば、既得権益層を脅かすほどの迫力を持つか否か、ということである。
この点で、安倍政権の成長戦略は、「官僚主導の表層型」で歴代政権の官僚主導のものと目立った違いはない。
たとえば米英が重視し、安倍首相自身、「成長戦略の1丁目1番地」と強調した規制改革。「農地の集約を進め、コメの生産コストを4割削減へ」としたものの、その実現に欠かせない企業の農地所有を認める農業参入規制の緩和は見送った。お題目だけで農地集約の手法、仕組みについては言及せず、実行を事実上、先送りした。参院選後のTPP交渉でも最大級の焦点となる農業だが、規制改革からすべて除外されている。これでは改革の本気度が疑われるのも当然だ。

規制改革のもう1つの先送り例は、公的医療保険を使った診療と保険外診療の併用を認める「混合診療」だ。現状は、保険診療と保険外を併用すると全額が自己負担となる仕組み。このため患者の経済的負担が大きいなどから全面解禁を求める声は根強いが、厚労省・医師会の抵抗を受け、解禁は今回も見送られた。
結果、規制改革の唯一と見られる成果は「市販薬のインターネット販売解禁」のみ。これも産業競争力会議民間議員の三木谷浩史・楽天社長が粘り強く要求し、辞表をちらつかせて、辛うじて土壇場で勝ち取ったとされる。
許認可などの規制権限は、役所の権力の拠り所。販売などを認可された既得権益者の業界団体と役所が手を握って規制改革に抵抗する構図がある。今回も官僚・業界団体の抵抗にほぼ押し切られた。

「原発活用」の理不尽

期待される抜本改革とは、国の時代に合わなくなったり、危うくなった土台を再構築することにある。この点で電力・エネルギー政策は、大きな問題を残した。世論調査で国民の大半は、原子力発電の再稼動に不安感を示している。しかし、成長戦略には「原子力発電の活用」が盛り込まれた。経済成長に原発が欠かせない、との考えだが、国民の合意はそもそも得られていない(民間議員の少なくとも3人は同意していないか疑問を呈している)。
政府は、慎重な構えを捨て、性急に自らの結論を押しつけた印象だ。原発をどう扱うかの問題はまだ未解決のまま決着していない。海外から見れば、日本政府は国民への説明なく、未曽有の原発事故を一過性の事故とみなして見切り発車したかに映る。

「国家戦略特区」にしても大都市圏のみが構想にある。復興を後押ししなければならない東北の被災地は無視された形だ。震災・原発事故の教訓も復興も、政府は忘れ去ったかに見える。政治哲学・倫理が問われる決定だ。
経済成長、社会保障に大きく影響する人口減対策や、人材の成長産業への移動を支援する雇用制度改革にも、見るべきものがない。経済界が求める国際的に最高水準の法人税の減税も見送られた。
こうした目先の小粒揃えの成長戦略の本性が、市場に見透かされたのである。