■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第136章 難産必至の公務員制度改革/矛盾はらむ2つの民主公約

(2010年9月1日)

菅直人首相の「消費税10%」発言で支持率を急落させた民主党政権にとって、国民の信頼と支持を取り戻すことが緊急の課題だ。その方策の1つとして、マニフェストに掲げた「国家公務員の総人件費2割削減」の全体像を示す必要がある。 だが、民主党は他方で、それとは矛盾する「公務員に労働基本権を与え、給与を労使交渉で決める」ことを公約しているため、その道のりは相当険しく、難産は必至だ。

人事院は8月10日、国家公務員の2010年度の月給、ボーナスについて内閣と国会に勧告した。民間との格差解消に向け月給を平均0.19%、ボーナスを4カ月分を割る水準に減額。 結果、平均年間給与は1.5%減の9.4万円の減額する、との内容だ。
月給を55歳以上の職員に対しては重点的に減額する一方、30代以下は据え置くなど、これまでにない工夫を試みた。にもかかわらず、現行制度の枠内に沿った減額だけに少なすぎて、国民の目にはなお「公務員の厚遇」と映るのは疑いない。 「国家公務員総人件費2割削減」が実現した場合、1.1兆円相当の歳出がカットされるが、今回の人事院勧告を完全実施しても歳出削減効果は790億円にとどまる。

民主党政権は、消費税を引き上げる前提条件といえる「人件費2割削減」のためには、公務員の定員を大幅に減らす一方、給与体系を抜本的に改める制度改革案を国民に早急に示さなければならない。 しかし、「公務員給与を労使交渉で決める」との同党の公約の壁が、この来るべき制度改革の前に立ちはだかる。

ILO勧告で労働基本権付与の流れ

民主党が公務員に与えることを公約した「労働基本権」とは、団結権、団体交渉権、争議権(スト権)から成る。日本では公務員にスト権は認められておらず、団体交渉権についても林野などの現業職員にしか認められていない。欧米でも、公務員のスト権は禁止または制限され、団体交渉権も柱となる協約の締結権は、英国以外は制限されている。
しかし、2002年に国際労働機関(ILO)が日本労働組合総連合会(連合)などの提訴を受け、「国の行政に直接従事しない公務員(政府の省庁に雇用されていない独立行政法人などの職員)」には労働基本権を認めるべきだとし、「軍隊や警察及び国の行政に直接従事する公務員を除いて、あらゆる公務員は団体交渉権を享受すべきである」と勧告した。これを受け、当時の自民党政権が制度改革を模索してきた経緯がある。

こうした流れから、労働基本権をどの程度、どの範囲まで公務員に付与し、労使交渉に委ねるかが、制度改革の焦点となってきた。民主党政権が人事院勧告制度を廃止し、「労使交渉で給与を決める仕組み」に改める場合、次のような公務員の労働基本権問題の特性に十分考慮する必要がある。
まず、「公務員の特殊性」だ。公務員は憲法上、国民全体への奉仕者であり(第15条)、公務員の労働基本権は国民への公共サービスと納税者負担の観点から一定程度、制約される。国民こそが、公務員の給与や行政コストを税金で賄う本当の「使用者」だから、国民の利益に反する可能性がある協約には当然、慎重でなければならない。
2つめは、公務員は国家公務員法で身分保障されている上、その雇用は市場の圧力にさらされないため、クビ切りや倒産の心配はなく、労組の要求は過激化しやすいことだ。1970年代に頻発した旧国鉄労組のスト戦術がその象徴といえる。75年には8日間の全面運休を引き起こしている。
3つめは、日本の財政は危機的状況にあり、国債や借入金を合わせた「国の借金」は過去最大の900兆円の大台を突破した。借金残高のGDP比は200%を超えたとされ、先進主要国に比べ突出して高く、財政危機に陥ったギリシャを大きく上回る。労組が給与削減要求に応じるとは考えられず、逆に団体交渉によって賃上げを勝ち取ろうとするから、国家公務員の人件費はむしろ膨れ上がり、一層の財政悪化をもたらす恐れがある。

3つの条件作り

労働基本権の付与に際しては、以上の点を考慮して、しっかりと条件を整える必要がある。適切な条件作りを行えば、国民の生活に重大な支障を来たさず、過度な負担増を避けて公共サービスを向上できる公務員制度改革も、十分可能だ。
協約締結権とスト権を付与すると想定した場合、筆者のみるところ、その主要な条件は3つある。

第1に、労働基本権を与える対象範囲を制限することだ。自衛官、警察官、裁判官などは英国やフランスにならってスト権を認めず、給与などの協約締結権の適用範囲も厳格化する。英国では、サッチャー政権下で従来の労使交渉による全省統一的な給与決定方式をやめ、各省ごとに予算の上限枠の中で「給与」の配分を決める仕組みに改めた。上級公務員の給与は別途、政府が民間情勢を考慮して決定し、首相に勧告して実施する。
第2に、労使交渉を情報公開させ、チェック役の国会の関与を強めることだ。給与の上限枠設定や職務給の原則、労働条件の変更などの基本問題は、国会論議を通じて決め、法令で定めるようにする。これによって「国民のための公共サービス」から外れず、「公務への信頼」を失わない労働・給与条件が確保できるだろう。
第3に、労使交渉の「使用者」の側に国民と住民の代表を参加させることだ。公務員の「使用者」は、閣僚や自治体の首長、あるいはその代理など、公務員の上級幹部である。民間企業のトップとは違って、彼らが労組の要求を受け入れても不利益を被ることはめったにない。結果、団体交渉の圧力に屈しやすくなり、安易に妥協してしまうことは、かつての旧国鉄をみても明らかだ。
そこで「本来の使用者」である国民代表や住民代表を国家公務員や地方公務員の団体交渉の席に着かせ、交渉に直接、参加させるのである。

このような条件作りを経て、民主党政権が「国家公務員の総人件費2割削減」と「公務員に労働基本権を与え、労使交渉で給与決定」を実現する道が開けるだろう。