■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第127章 公務員制度改革が「労組寄り」の恐れ/人件費増大の危険強まる
(2010年1月12日)
「改革の根幹」ともいえる国家公務員制度改革が、「労組寄り」の方向性を濃くしてきた。公務員に労働基本権を与え「民間と同様、労使交渉によって給与を決定する仕組みを作る」とした民主党マニフェスト(政権公約)を裏付ける形で、鳩山首相自らが12月2日の「政府・連合トップ会談」で、日本労働組合総連合会(連合)の政策提言の実現に向け「全力で努力する」と約束したためだ。「脱官僚」の看板を掲げる民主党政権の公務員制度改革は、結局のところ、公務員(官僚)に都合のよい内容となる危険性が高まっている。
現在、団結権、団体交渉権、争議(スト)権から成る労働基本権のうち、公務員に団結権は与えられているが、スト権はなく、団体交渉権も交渉はできるが、柱となる労働協約締結権は林野の現業にしか認められていない。欧米では、協約締結権は英国以外は制限され、スト権は禁止か制限されている〈図表 諸外国の国家公務員の労働基本権〉(PDF)。
政府は、公務員制度改革の具体的な内容は明示していない。しかし、公務員制度改革を担当する仙谷由人行政刷新相は、1月からの通常国会に関連法案を提出する方針を表明している。同提出法案は、民主党も修正協議に加わって08年に成立した国家公務員制度改革基本法に盛られた「内閣人事局の設置」が中心となる見込み。内閣人事局とは、各府省に分散した人事関連機能を統合し、中央省庁の幹部人事を一元管理するものである。
政府は、続いて参院選後の秋の臨時国会に、連合の要求に沿い労働基本権を労働側に付与する法案を提出する方針だ。成立すれば、公務員の給与水準を内閣と国会に勧告する人事院勧告制度は廃止される。
これらの法案成立で、国家公務員の人事管理は内閣人事局で一元的に行い、給与など労働条件は労使間交渉で決定されることになる。地方公務員についても国家公務員にならって労使交渉が行われるようになる。
連合が政権の支持基盤
公務員への労働基本権付与は、どの範囲まで認められることになるのか。08年10月以来、労働基本権付与に関し会合を重ねた政府の労使関係制度検討委員会(学識経験者6人、労組側3人、使用者側3人の計12委員)は、09年12月15日に検討結果をまとめた。それによると、給与など勤務条件を決める仕組みを労使の合意に基づき検討する必要はあるが、財源が主に税収であることなど、民間労働者とは異なる「公務員の地位の特殊性」に配慮し、チェック機能が必要だ、としている。
問題は、民主党の姿勢があまりに「労組寄り」であることだ。主役が「国民」ではなく、「労組」の感がある。軌道修正しなければ、「国民の生活が第一」としたマニフェストの理念と矛盾することは明らかだ。
先の総選挙で、民主党議員が労組や労組系団体からパーティ券の大量購入を含め政治献金を受けてきたことや、鳩山内閣の閣僚18人中7人が連合公認の組織内議員(協力議員)であることと、鳩山内閣の「親労組」はむろん無関係ではない。
仙谷氏自身も、官公労の中で日本最大、単位産業別組合(単産)としてもUIゼンセンに次ぐ規模第2位の全日本自治団体労働組合(自治労=連合に加盟、自治体職員らの組合員約90万人)の組織内議員として、総選挙では自治労の推薦と支援を受けている。内閣の要である平野博文官房長官は松下電器産業(現パナソニック)労組出身で、連合傘下の電機労連の支援を受けてきた。
問題続きの社会保険庁の後継組織として2010年1月に発足する日本年金機構。社会保険庁でヤミ専従や年金記録のぞき見など問題を起こした職員のほとんどは自治労に加入しているが、彼らに対し自公政権は08年7月、分限免職(民間で解雇に相当)とし、同機構に採用しないことを閣議決定した。しかし、仙谷氏が09年4月、対象となった職員の分限免職の回避と雇用確保を自治労と共に当時の舛添要一厚労相に要請したのに続き、政権交代後は平野博文官房長官が長妻昭厚労相に同様に要請し、12月に再就職先未定の職員の救済策が決まった。
このように、公務員制度改革を担う政府のトップからして国民目線ではなく、労組目線で動いてきた経緯がある。公務員制度改革も、連合の意向に沿う形で進められる恐れが強い。
国会の関与がカギ
政府は今後、公務員制度改革の内容を詰めていくこととなるが、労使交渉と協約締結権の範囲、交渉の情報公開と並んで、国会にチェック役としてどの程度関与させるかが、論議の中心となろう。前出の検討委員会では、「労使合意に基づきつつ国会の関与をより重視する」こととした場合、たとえば「職務給の原則」や「俸給表の決定」については「法定事項であって、協約を結ぶことができない」となる。つまり、労使協約で決められず、国会で法令として定めることになる。国会の関与次第で改革の内容は大きく変わるわけだ。
ともあれ、政府は労働基本権を拡大し、公務員の労働条件を労使交渉で決めるようにした場合、そこから生じる問題を十分考慮する必要がある。それは、国民生活への直接の影響と公的コストの増大という国民の負担増にかかわってくるからだ。
制度改革に際し、第一に考えなければならないのは「公務員の特殊性」である。憲法上、公務員は何よりも、国民全体への奉仕者(第15条)であり、究極の「使用者」は国民である。しかし、公務員の給与や行政コストを税金で賄いつつ行政サービスを受ける側の国民や地域の住民が本来の「使用者」なのに、現実は労使交渉の当事者になっていない。しかも、公務員の場合、民間労働者とは違い、雇用が市場の圧力にさらされず、法律で身分保障されている。さらに、官公労自体、特定の政党を支援するなど高い政治性を持つという特殊事情がある。
そこから、団体交渉では「使用者」側は、専従組合幹部に対し安易に譲歩する傾向がある。なぜなら、公務員の「使用者」として団交に現れる交渉当事者(当局)は、閣僚や自治体の首長やその代理など公務員の上級幹部だが、彼らは組合の要求を受け入れても不利益にならず、そもそも頑強に対抗するモチベーションに乏しいからだ。
しかも、交渉の結果責任も負わないため、タフな交渉者とはならず、早々と妥協しやすい。他方、公務員組合のほうは、国が倒産して職を失うリスクもないから要求は過激化しやすいことは、旧国鉄のケースで証明済みだ。結果は、国民生活を直撃したり、公的資金の投入などで、国民の負担は重くなる。
74年4月に初の全面運休までした国鉄労組のストは、国鉄の放漫経営を一層悪化させて借金を積み上げ、経営破綻を促した。日本航空(JAL)も、労組の突っ張りが経営の無能とあいまって経営を傾かせた、と指摘される。
もう一つ、懸念されるのは、労組側が内閣との団体交渉によって労働条件の決定だけでなく「公務員の中立性」を超えて国の政策に強い影響力を行使してくる可能性だ。政府・与党に対し、選挙協力と引き換えに組合の利益となる政策要求を打ち出すことは確実とみられている。政策の実施に伴う要員の増加、手当増など、団体交渉事項とする理由は後から付けられるから、労働協約によって政府を事実上拘束したり、政策実施を拒否するケースも考えられる。
地方への影響はより深刻
これらの懸念に対し、使用者側の交渉当事者に「国民代表」や「住民代表」を入れ、交渉を公開する方法も検討すべきであろう。 交渉に際しては、使用者側の交渉を一元的に行うのか各府省別か、といった方法上の問題も新たに発生する。
さらには、地方自治体の場合、労組の団交の圧力に対抗できる現場の管理者は少ない。学校現場のように、管理者が校長と教頭しかいないところもあり、教育に支障を生じる可能性もある。こうして地方では国のケースよりも問題が突出しやすく、影響はより深刻だろう。
さらに、公務員の職員団体は連合、全労連(共産党系)、その他と複数混在するため、使用者側はこれらと個別に対応しなければならない状況も出てくる。
そこから、労使間の給与決定により人件費が増大する可能性が高く、国民の税負担増を招くばかりでない。交渉に関係する人員の人件費や調査、調整に使うコストの発生が財政を一層悪化させ、これも国民負担増に跳ね返る。
鳩山内閣は制度改革に当たり、これらの予測できる問題発生への対応も、慎重かつ細心に検討する必要がある。民主党はマニフェストで「公務員人件費の2割削減」を謳ったが、それを実現するには、公務員給与引き下げ、人員削減などが欠かせない。給与引き下げといった協約を「手当増」などの見返りなしに労働側と結ぶことができるか―民主党政権の真価が真っ向から問われる。