■Online Journal NAGURICOM 沢栄の「さらばニッポン官僚社会」 |
第100章 談合と入札改革(追加・差し替え版)
(2007年2月7日)
06年から入札改革がいよいよ本格化してきた。「必要悪」とも言われた談合に、ようやく防止に向けた制度整備が相次ぎ、独占禁止法改正による公正取引委員会の取り締まり権限と罰則も一段と強化された。 談合をなくし、入札を透明化しようと、各都道府県も全国知事会の決定に基づき、07年度から入札制度の見直しに重い腰を上げる。とはいえ、公正な一般競争入札が全国規模で実現するまで曲折は必至で、「道なお半ば」といえよう。
「高め設定」の公共工事単価
談合はなぜ続発するのか?ひと言でいえば、業者および発注側の官公庁にとって、「談合が得だから」である。そこで、この問題を解くには「談合が得になる」カラクリをまず明らかにしなければならない。
談合が得になる理由とは、第1に、最近こそ値崩れ状態だが、そもそも公共工事の単価が民間工事よりも高いことにあった。内閣府の「地域経済レポート」によると、談合が「半ば公然」だった2000年当時は、公共工事の単価は民間工事の2倍近かった。背景には、公共工事の“相場”の高め設定があった。
筆者がこの問題を5年前に調査したところ、国土交通省が天下り先の公益法人の調査機関を使って、公共事業費をつり上げている疑惑が浮かび上がった。
役所は公共工事の予算を見積もる際、2つの資料をもとに積算し、業者も積算に同じ資料を使う。この2つの資料とは、月刊誌『積算資料』と同『建設物価』だ。それぞれ財団法人「経済調査会」と同「建設物価調査会」が刊行し、資材価格、工事費、労務単価などの市場調査結果が一覧表の形で掲載されている。
この2冊以外に同種の相場資料はないから、これら2つの公益法人が建設価格の市場調査・出版ビジネスを事実上独占している。
ところが、競争誌であるはずなのに、掲載されている価格はほとんど横並びだ。調査方法が地域の業界団体や組合、有力メーカーから建値を聞く、などお座なりなため、表示価格は明らかに業界の都合のいいように実勢よりも「高め」に誘導されている。
当の財団職員によると、調査時点で市場の実勢価格は土木関連で表示価格より3割、コンクリート製品で4割相当も安かった。
このように、公共工事費は積算段階で高めに設定されていたのである。さらに入札段階で、発注者の行政が予め入札に参加できる業者を指名する「指名競争入札」を行う。これにより、業者が事前に相談する「談合」ができ、価格の高め維持が可能になるのだ。
都道府県も談合決別に乗り出す
全国知事会は昨年12月18日、入札制度改革の指針を決めた。一般競争入札の拡大と指名競争入札の原則廃止が柱だ。官製談合の再発防止が狙いだが、きっかけは福島、和歌山、宮崎3県の知事が公共工事絡みの談合にかかわり、昨年10月以降相次いで逮捕されたため。中央官庁が昨年2月の関係省庁による取り決め以来、本腰を入れてきた入札制度改革が、3知事の逮捕という異例の不祥事を受け、いよいよ地方自治体も取り組まざるを得なくなったのである。知事会は、知事以下の行政内部の幹部・職員が不法に公金を裏金化して流用する「もう1つの行政内裏金談合」は棚上げしながら、尻に火を付けられて民間業者との談合問題に乗り出した形だ。
これにより、住民の行政不信を募らせている官製談合の公共工事関係分に、都道府県でも改革の本格的なメスが指針を具体化する2007年度から初めて入れられる見通しとなった。
これらの政策変更から、入札改革が進行した06年の以前と以後とでは、明らかに談合・入札状況が変わる。いずれ歴史に06年がそのターニングポイントとして記録されることだろう。では、06年「以前」は、どのように公共事業の値段は決まっていたのか?
談合は指名競争入札の産物
先述したように、公共工事の単価が民間工事よりも遙かに高い理由の1つは、積算価格の「高め設定」にあった。そしてもう1つ、公共工事の価格を押し上げている要因が、「談合」であった。
談合は「指名競争入札」の産物といえる。建設業界の仲間内でおいしい果実を分け合う方法として、古くから行われてきた。一種の「既成業界内のパイの分配」である。業者の倒産や廃業を少なくして、もたれ合う「共生とすみ分け」構造がそこにあった。そこにはまた大手ゼネコンが受注して準大手や中小の下請け(サブコン)、孫請け業者に仕事を割り振り、自らは「経費」名目や下請けの積算以下への建設費削減(ピンハネ)で利益を取る「階層別分配」の機能もあった。
官製談合は、発注する官公庁側の実権者が天下り先の受注業者を指名し、他の業者にも働きかけて「やらせの入札」をさせ、「持ちつ持たれつ」の関係を強化するものだ。
毎日新聞の調べによると、国土交通省発注の水門設備工事を巡る官製談合事件で、06年4月時点で受注額上位50社のうち質問に応じた41社中25社に、計72人の同省OBが天下りしていた。しかも受注額が大きい企業ほど、多数のOBを受け入れる傾向があった。
さらに、独立行政法人「緑資源機構」発注の林道整備調査を巡る談合事件がある。談合容疑で06年10月に公正取引委員会の立ち入り検査を受けた林野庁所管の6つの公益法人には、同庁が天下りの受け入れを以前から口頭で要請していたことが判明した。これら公益法人には、すでに300人近いOBが天下っている(東京新聞07年1月1日付)。同機構の幹線林道整備事業の場合、約9400億円に上る総事業費の3分の2が国の補助金で賄われている。
このように談合は、民間業者だけでなく官公庁もグルになって“談合まみれ”になっていたケースも少なくない。その結果は、国民の税金のムダ遣いであり、モラルの破綻である。結局は、国民がそのツケを支払う羽目になる。
談合の仕組み
談合は、しかし、法律の不備がもたらしたものではない。それはいわば伝来の慣行であった。会計法第29条の3には、むしろ一般競争が原則である旨明記されている。ただし、例外的に指名競争とか随意契約ができる、とされているのだ。
ところが、この例外規定の方が都合良く解釈され一般化して、指名競争入札が主流になってしまったのである。
談合では、ゼネコンの談合担当(業務屋)が暗躍する。「汗かき」と呼ばれる談合工作の中で、設計業者から行政関係者などを通じて設計図案を早めに手に入れ、沢山汗をかいた、つまり功労のあったゼネコンが一番多く利益を取るなどの仕組みになっている。ゼネコンのベテランの「仕切り役」が受注調整して、受注予定社(チャンピオン)を決め、これが応札額を積算して、他の業者にはその金額以上で札を入れるように求める。決まれば、仕切り役が不満が残らないように受注を振り分ける。
地域ゼネコンは地場の有力土建産業とあって、県の絶対権力者である知事と、ビジネスと票の取りまとめの協力関係を結ぶわけだ。これが宮崎など3県知事逮捕の背景にある。
このように談合は、日本の古くからの村社会の慣行そのものを思わせる。「日本固有の社会主義文化」ともいわれる所以だ。
大手ゼネコン5社(大成建設、鹿島、清水建設、大林組、竹中工務店)の社長が、2006年1月の独禁法改正を前に談合決別で合意したのは05年12月。以後、談合担当を配置転換したり、“談合の温床”となる地方業界団体からの脱退などを決めている。これで大手の「脱談合」の流れがようやくできたかにみえた。
しかし、大手ゼネコンの05年末の「談合決別宣言」後、名古屋市発注の市営地下鉄延伸工事で、再び大手を含む談合が行われ、仕切り役の大林組名古屋支店元顧問が競争入札妨害罪で06年6月に逮捕・起訴された。仕切り役が5工区の共同企業体(JV)の構成と落札の割振りも決め、発注総額約190億円の5工区の落札率を94〜92%台の範囲に収めたという。
さらに07年1月に、公正取引委員会は国交省発注の水門設備工事を巡る官製談合事件で、国交省に対し中央省庁として初の官製談合防止法(03年1月施行)を適用する方針を決めたのである。談合には国交省課長補佐(当時)や退職した技術系職員トップの元技監らが関与していた。国の公共事業の8割を管轄する国交省自らが、談合を指導していたのだ。一連の事件は、談合根絶が天下りの慣行と結び付いて一筋縄ではいかないことを改めて示した。新たな対策課題は、名古屋市の地下鉄工事絡みの談合事件のように、連絡係に業者と無関係の「ダミー」を使うなどの巧妙な“抜け道”を封じることだ。そして、内需頼み・地方自治体頼みの地域の中堅・中小建設業者が、「談合は割に合わない」ことを知って談合をやめるかどうか、が次の焦点となる。
独禁法改正で改革走り出す
05年6月の国交省・旧道路公団絡みの橋梁談合事件、06年1〜2月の防衛施設庁官製談合事件を受け、政府は06年2月、「公共調達の適正化に向けた取り組みについて」を取りまとめ、以後に続くレールを敷いた。その骨子は、1. 公共工事における一般競争入札の拡大と、価格以外の要素も評価する総合評価方式の拡充、2. 随意契約においては緊急点検の実施、情報公開の拡充―などである。
他方、06年1月から施行された改正独禁法で、1. 違反業者に対する課徴金算定率を大幅に引き上げ、2. 違反業者が自ら違反事実を申告した場合は課徴金を減免、3. 刑事告発のために、公取委に犯罪調査権限(強制的な臨検・捜査・差し押さえの権限)を導入 ― などが決まった。これ以後、公取委と検察・警察当局が手掛ける違反摘発のピッチが上がる。政府、公取委、捜査当局が大がかりに連携して談合排除・公正な自由競争の入札改革を推進しだしたのである。
われわれは、ここに表層的には大きなエポック的変化を見る。だが、これらの施策が真に効果を上げるかどうかを確認するためには、なお地方での取り組みを入念に追跡していかなければならない。なぜなら、小さくなっていくパイを談合によってでも必死に取ろうとするのは、大都市再開発や国際的進出が可能な大手ゼネコンではなく、地域の中堅・中小の建設業者だからである。
長野県の取り組みケース
この点で、脱ダム宣言の田中康夫県政以来、入札改革を先導する長野県のケースを取り上げてみよう。同県は、横並びになりがちな都道府県の取り組みの中で、例えば平均落札率(予定価格に対する落札価格の割合)をとっても78.6% と、宮城県とともに8割を切って最も低い(05年度)。落札率が低ければ無条件によいわけではないが、工事の質や安全性が担保されていれば、低いに越したことはない。
長野県は現在、公共工事について指名競争入札を廃止し、原則として「制限付き一般競争入札」および災害など緊急案件を対象に「随時契約」を実施している。「制限付き」というのは、地域限定だったり他と同種の工事である場合、実績のある企業に参加してもらうためだ。
05年1月に、工事成績を元にした総合評価落札方式の施行を開始したのに続き、05年5月には入札参加資格の総合点数を付与するに当たり、県独自の評価ポイントを設け、これにより「新客観点数」を加算した。電子入札も05年7月に一部開始し、同年11月には全ての案件に拡大した。チェック機能面も、04年5月に会計局に検査課を設置して強化している。
しかし、長野県など一部を除き、都道府県の入札改革への取り組みは全体に鈍い。読売新聞の全国調査によると、47都道府県と15政令市の半分強に当たる32自治体で、2004年度以降の公共工事の平均落札率が90%超のまま維持されていることが分かった。これに対して、談合事件に背を押されて入札改革に取り組んだ9自治体は75〜89%台の落札率を保ったという(同紙06年12月29日付)。各自治体の入札改革への取り組み姿勢が、落札率に反映した形だ。
地方が「地方の時代」を真に実現し、自由闊達に活性化していくためには、過去の談合と政官業もたれ合いの利益分配から決別する以外、選択肢はない。