■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第193章 浮かび上がった災いの全貌/コロナで暴かれる現実

(2020年11月26日)

コロナ禍が長期化するにつれ、この恐るべき疫病の全貌が浮かび上がってきた。その姿が日本でくっきりと見えてきたのは、感染の再拡大1カ月後の8月に入ってからだ。
コロナの影響は二つの領域に顕著に表れる。企業活動と雇用だ。人と接触する飲食や旅行、レジャー産業などに壊滅的な打撃が加わった。他方、感染拡大の影響でここ数年顕著になった社会の格差・分断状況は一段と加速し、深刻化した。

接触産業と雇用に壊滅的打撃

コロナは、人との接触を分断するから、経済と生活に大きな影響を及ぼすのは必然だ。問題は、コロナの感染拡大が一向に収束せず、欧米に続き日本でも再び急拡大してきたことだ。
コロナ禍が長引くにつれ、人との接触ビジネスへの影響は広がり、深まる。米国では、アート・演芸・娯楽、宿泊・食事サービスなどの業種に雇い止めや配置替えが従事者の半分前後に相次いだ(図1)。 日本ではANAグループが発表した今年度の業績予測が、影響の大きさを裏付ける。今年度決算が過去最悪の5100億円もの最終赤字になるとの見通しだ。 これを受け従業員約4万6000人の年収を大幅に削減するほか400人以上をグループ外企業に出向させる厳しい雇用措置を打ち出した。

収入の激減で、飲食店の多くはこのままでは立ち行かなくなる。飲食店の倒産は今年度上半期に約400件発生し、過去最多の勢い。だが、“隠れ倒産”といわれる休廃業、解散を含めると、事業停止の実態は膨れ上がる。 「先が見えない」と将来不安から踏み切る休廃業が、激増していくのは不可避だ。
飲食業や旅行、レジャー産業の長期低迷の影響は何より雇用面に及ぶ。それは弱い立場の芸術家やフリーランス、個人事業主らの仕事の喪失と生活苦、失業に象徴的に表れる。

(図表1)コロナ禍で米国で「置き換えられた仕事」の上位10種
1位
 アート・園芸・娯楽
2位
 宿泊・食事サービス
3位
 小売り
4位
 その他サービス
5位
 鉱物・採石・石油・ガス採掘
6位
 不動産・レンタル・リース
7位
 オフィス・施設管理サービス
8位
 建設
9位
 企画経営
10位
 運輸・倉庫
出所) The Future of Jobs Report 2020 October 2020 掲載の図表を筆者が一部手直し


3俳優の自殺

俳優、三浦春馬(当時30歳)に続くこの夏の女優、芦名星(36歳)、女優、竹内結子(40歳)の相次ぐ自殺は、コロナ禍による生活の重圧が背景にある。芦名は今春、給与体系が「固定給」から「歩合給」に切り替えられた。
ニューヨーク・タイムズ紙も、この一連の自殺を「悩みを隠す心に社会からの致命的な圧力」「自己否定の社会風潮高まる」と伝えた。同紙は優雅な美女で、演技評価でトップ級だった竹内が2番目の子を生んでまもない点に注目した。 そしてコロナ禍で仕事を失い、産後うつに苦しむ中、セレブの女性はひと際社会的圧力にさらされてしまう現状を指摘した。

警察庁などによると、自殺者が急増した今年8月は総数で1年前に比べ15.7%上回った。うち女性は40.3%も激増した。10代から30代の若い層に目立った。
コロナ禍がとくに若い女性にストレスを加えている状況が浮き彫りになる。自殺の動機は、うつなどの「心の健康問題」という。コロナがもたらした職業環境の不安定化と、仕事からのつらい分断が、看て取れる。

非正規が受難、少子化に拍車

コロナ感染拡大が続く中、雇用環境は悪化を続ける。
失業率は、8月に入って雇い止めや離職増から3.0% に急悪化した(図2)。総務省によると、完全失業者は200万人台乗せの206万人。前年同月比49万人増え、うち39万人は勤め先の企業や自営業の都合による離職で、これが1年前より19万人増えた。
雇用環境はアルバイトやパート、契約社員など非正規雇用で厳しい。全雇用者の4割近い非正規雇用者数は、前年同月より120万人少ない2070万人。6カ月連続で減少した。9月の有効求人倍率も、1.03倍と9カ月連続で低下した。

不利な立場に置かれるのが、女性が多い非正規雇用者。働き方改革にもかかわらず、正規との雇用と所得格差はむしろ広がる方向だ。
コロナ感染対策の「ソーシャルディスタンス」の負の影響は、人と人を遠ざけ企業活動と雇用に深い影を落としたばかりでない。
それは人口動向に中長期的な影響を及ぼす。コロナがもたらす将来不安に加え、濃厚接触への警戒心や抑制によって全体の出生率を引き下げるのは必至だからだ。結果、少子化・人口減少が加速される。 この先、有効な少子化対策が講じられなければ、国力の斜陽化は避けられそうにない。
案の定、厚生労働省の10月の発表によると、コロナの感染拡大が本格化した4月以降7月まで4カ月間の全国の妊娠届け出数は、1年前と比べ毎月減っていることが分かった。政府の緊急事態宣言下の5月には1年前より17.1%も急減した。 7月も10.9%減少した。コロナ・パンデミックの妊娠活動への影響が明らかになったのだ。

(図表2)
出所)総務省「労働力調査」


笑わない幼児、おとなしい生徒

ここで前回触れた、コロナ対策が子供の人間形成に及ぼす影響を確認しておこう。
いま、「笑わない幼児」、「反応の鈍い子ども」が増えている。各地の保育園や小学校で幼児や学童の様子に異変が起こっているのだ。ソーシャルディスタンスの指導とマスクの着用が原因とみられる。
小学校の中には、飛沫感染対策として休み時間の外遊びを制限しているところがある。子どもたちは政府の緊急事態宣言で新学期が始まった4月〜5月を登校せずに自宅に引きこもって過ごした。運動会や音楽会などの学校行事は全て中止になった。
結果、遊びや話したり、はしゃいだりが少なくなって、子どもたちはコミュニケーション力が鈍り、不活発になったようだ。「シーンとしている教室が増えた」「おとなしい生徒が増えた」と小学校の先生たちは異口同音に指摘する。

マスクを着用して話しかけることで、保育園で乳幼児が保育士の表情が読めずに反応が弱いケースも、相次ぎ報告されるようになった。先生がマスクをしていると、幼児たちは動作を求められても口の動きが隠されて読み込めない。スプーンにおかゆを盛って「あーんは」と口を開けるように赤ちゃんに近づけても反応がない。こういう例が増えているのだ。
匿名を条件に江東区の園長が言う―「お口で『モグモグ』して、と言っても、マスクで顔が半分隠れて幼児に伝わりにくい。ので、フェースシールドを付けて対応している。コロナがずっと続くようなら、コミュニケーションに長期的な影響が出てくる」
マスクはコロナの飛沫感染防止には役立つが、乳幼児に言葉を覚えさせたり、心を交わすのを難しくしたのである。
こうしてみると、ソーシャルディスタンスとマスクの長期にわたる子どもたちの人間形成への悪影響は明らかだ。マスクを着けたソーシャルディスタンスは、反応の鈍いおとなしい人間、表情に乏しい人間を量産しそうなのである。

中小企業の大消失時代到来か

とはいえ、コロナが長期化するにつれ、最悪となるシナリオは、中小企業の過去にない大量のドロップアウトだろう。日本経済を支え、広いすそ野を形成してきた多種多様な中小企業群が、将来に見切りを付けて休廃業・解散に相次ぎ踏み切ってしまうことだ。
東京商工リサーチの調査によると、コロナ禍が長引いた場合、廃業を検討する可能性が「ある」と答えた中小企業は8.8%に上る。
中小企業の数は2016年調査時点で約358万社、国内の全企業の99.7%、雇用者数で全体の7割近くを占める。政府・自治体はこれまでに資金繰り支援や特別給付金支給を打ち出し、倒産はほぼ昨年並みに抑えたが、休廃業・解散は1〜8月の間前年比2割も急増し、勢い付いている。
仮に「廃業ありうる」と答えた中小企業の全てが近い将来、廃業するとなると、その数は少なくとも30万社以上に達する。そうなった場合、日本経済への打撃は飲食・サービスはもとより建設、製造、小売、金融・保険、運輸など全業種に及ぶ。産業のすそ野が欠落する「中小企業の大消失時代」が到来してしまうのだ。

究極の安全網「ベーシックインカム」

しかし、忌わしいコロナの経済・社会への全面的な影響も、負の側面一色ではない。人々を区別なく困窮させたことで、これまでの生活習慣や経済・社会制度を全面的に見直すきっかけを作ったのだ。この「生活と制度の全面見直し」こそが、コロナの最大の遺産といえるかもしれない。
それはテレワークの普及による働き方改革、行政手続きを早めるデジタル化改革に加え、人類史上最悪のウイルス・パンデミックから生活を守るセーフティネットの実現を迫る形となった。そこで世界的に関心を集めるのが、政府が全ての国民に所得に関係なく、一定の現金を定期的に給付する「ベーシックインカム(BI)」である。

BIは、誰もにいつ降りかかるかもしれない急な困窮に備え、基本的な生活保障をする狙いがある。日本ではすでに実施した「国民1人10万円の特別定額給付金の支給」が、一時的なBIの役割を果たしたが、これを定期的に支給するシステムだ。コロナ危機を受け、ローマ教皇や国連開発計画(UNDP)も、BIの導入を呼びかけた。
すでにフィンランド政府は、2017年から18年にかけBIの社会実験を行い、今年5月に研究成果をまとめた最終報告を発表した。無作為に選んだ失業者2000人に対し毎月560ユーロ(約6万9000円)を支給。参加者は人生に対する満足度が上がり、他人や制度、政治家への信頼感を増したという。参加者の1人はBIによる定期収入のお陰で「自由になれる。好きなことに集中できる」と喜びを語る。
米国は6月、ロサンゼルス市など11都市がBIを推進する団体を設立し、5都市が試験的な導入を始めた。スペインでは、生活困窮世帯を対象に最低所得保障制度を導入。多人数世帯で最大1015ユーロ(約12万6000円)まで保障する。

ドイツが壮大な実験開始

最も注目されているのが、8月に始まったドイツのBI実証実験だ。国民全員に生活に必要とされる現金を無条件(unconditional)に支給するという理念の下、敢えてUBIと名付ける。周到な準備で臨み、民間基金の導入を考えるなど、制度の持続可能性を重視する。
実証実験の第1段階は、1500人の被験者を採用する。うち120人が無作為に選ばれ、1人当たり月額1200ユーロ(約14万8000円)が3年間無条件で支給される。残り給付なしの実験参加者は、UBIの効果を確かめる比較対象グループとされる。
実験参加者は、UBIを貰っても自由に収入を得ることができる。ドイツの永住者で18歳以上なら誰でもオンライン申請で参加が可能。登録した人から近く参加者が選ばれ、UBIは2021年春から支払われる。
選ばれた120人に3年間、UBIを毎月支払うには約520万ユーロ(約6億4000万円)の予算が必要とされる。米ニューズウィーク誌によると、プロジェクトの資金は14万人以上の民間の寄付者から集められる。社会貢献活動家ヨニ・アッシアが2018年に創設したUBI支援組織「Good Dollar」も巨額の資金を投じる。将来UBIが実現すれば、開発中の電子暗号通貨で支払われる可能性もあると いう。

ベーシックインカム最大の問題は、財源の確保だ。ドイツがUBI実験の結果、導入を決定した場合、実験を主導するドイツ経済研究所(DIW)のマルセル・フラッチャー所長の試算では、年間約1兆2000億ユーロ(約147兆6000億円)もの財源確保が必要となる。このハードルをどう乗り越えるか―ドイツの壮大な挑戦が始まった。
日本の場合、財源調達をどうするか。
BIの水準がどうあれ、新たな財源創出と従来制度の支出カットの両メニューが必要となる。まず、BIの導入で、他の社会保障関連支出を代替できる。仮に毎月のBI支給額を7万円とすれば、最大で現行月額約6.5万円の基礎年金(国民年金)は、BIによって代替可能となる。生活保護給付も同様で、対象者はBIの受給で恥辱感なしに安心して生活していけるようになる。他方、各種税控除の見直しや高額所得者向け課税、政府の交付金、補助金の整理、プラゴミ、炭素税などの環境税やデジタル税の新設に加え、民間基金の寄付・創設で財源を創出する、などが考えられる。 さらに独占的な地位を強めるIT大手、GAFAへの国際的な収益課税も検討する。

われわれの生存環境は、いまや極限の異常モードに入った。コロナばかりでない。地球温暖化による気候大変動、AI化による大量失業のリスクも近い将来、待ち伏せする。この誰をも襲う大災禍に対し、究極の安全網としてBIの導入を考えるべきではないか。BIは突然起こる生活困窮の悪夢から国民全てが安全を確保する最善の仕組みと思われるからだ。