■Online Journal NAGURICOM
沢栄の「さらばニッポン官僚社会」
第220章 フリードマン理論を見直せ BI適用への道 / 「成長」と「財源」の壁をどう乗り越えるか(下)
(2023年4月27日)

ベーシック・インカムによる経済再興

コロナ・パンデミック下、収入格差が広がる中で、ベーシック・インカム(BI)の社会実験が世界各地で活発化したのは、当然の成り行きであった。大災厄による急な困窮を救う「究極のセーフティネット」とみなされたのである。実験の結果を踏まえ、BIが小規模な地域単位ではなく、国単位で近未来に実現する道が開かれてきた。少なくとも国民全員に対してではなく、低所得層向けに適用される可能性が高まった。BIの意義や問題に関し、実験から新たな知見が浮かび上がった。

日本の場合、BI論議は依然低調で、社会実験はいまだ行われていない。日本の30年に及ぶ長期経済停滞の真因は、中間所得層の縮小と貧困層の拡大がもたらした個人消費の低迷だ。経済再興に向け、BI実現の道を探る必要がある。
BIは、日本経済の成長を間違いなく後押し続けるだろう。生活に余裕を得て、消費行動の活性化が見込まれるからだ。

世界のBI実験で意外な真実が明るみに出た。BIプロジェクトを実施したナミビアの村の対象者は住民約1000人。実施した結果、勤労意欲が高まったのだ。BIに付きものの「働かない怠け者が増える」との心配は無用だった。生産的な経済活動への積極参加が増え、コミュニティの収入全体が大幅に伸びたことが、犯罪の4割減と共に確認された。同実験は2008年から2年間実施され、主にドイツのプロテスタント教会が資金供給し、個人寄付を集め、ドイツ政府も協力に加わった先行的な国際的プロジェクトだった。

ナミビアのケースは、フィンランドとはやや異なる。フィンランドは2017年から2年間BI実験を行った。調査結果によると、ランダムに選んだ2000人の失業者のBI受給者(毎月560ユーロ・約8万円支給)は受給しない人に比べ幸福感(ウェルビーイング)は上がったが、就労率は向上しなかった。「個人レベルは幸福、雇用レベルは不変化」が結論だった。
ただし、個人の幸福感がもたらす家庭や社会への好影響は、長期にわたってジワリと表れてくるはず、いずれ経済活動に好影響が出る、との見方がある。

今後、ナミビアと同様に「BIは勤労意欲を高める」ことが各地の実験結果からさらに確認されていけば、BIの実現可能性は増す。「ベーシック・インカムは、人々の働く意欲をなくす」というのが、反対派に共通した懸念だ。この先入観を覆せるか―。その後、2019年に米カリフォルニア州ストックトン市(対象125人)でも、受給者の「フルタイム雇用の増加」が確認された。雇用面、生活自立面でもBIの改善効果が判明したのだ。

ロサンゼルスとドイツのBI報告

どんな結果が出るのか注目されるのが、米ロサンゼルスだ。2022年8月から3年間にわたり、18歳〜24歳の若者300人を対象に毎月1000ドル(約13万円)を支給するBIパイロット版を実施中だ。若者に雇用やトレーニング、教育の機会を提供するのが狙い。ロサンゼルス・タイムズ紙によると、BI実験に取り組んだロサンゼルス郡は全米最大の群で影響は大きい。同郡はコロナ禍の2022年初めにも、18歳以上の住民に月1000ドルを支援した。その前年21年にも、別のBIプログラムを始めている。BIの活用で、全米の先頭を行く。
BI実験が明らかにしたもう1つの真実は、BIは「既存の社会制度・秩序を脅かす」という反対派の根深い不安だ。この不安をどう取り除くかが、BI実現のカギとなる。

BIへの不安の様相は、ドイツ連邦議会が浮き彫りにした。ドイツではBI論議が失業問題を背景に1980年代に湧き起こり、改革の動きと併せ、BIへの関心が高まる。シュレーダー政権の労働政策改革時(2003〜05年)にBI論議は燃え上がる。
2009年、1人の主婦が5万人超のドイツ市民から賛同署名を得てドイツ議会でBI請願のプレゼンを行い、波紋を広げた。翌10年にBI要求のデモが多発、BIを公然と支持する政党も現れた。社会民主党や緑の党内部にもBI支持者が増える中、2016年にはBI実現を目指す政党「ベーシック・インカム同盟」が結成され、活動を開始。無条件に最低所得を保障するUBIを提唱した。UBIのUはunconditional(無条件)の意味だ。

BIの是非を審議したドイツ連邦議会は2013年、BI実現は「非現実的」との結論を出した。
その7項目に上る理由が示すのは、BIが既成の経済・社会秩序を揺るがすほどの改革インパクトを持っている、ということだ。なぜなら、BIは成立すれば、税制をはじめ年金制度など既存のセーフティネットに取って代わり、旧制度の多くが不要になるからだ。BIへの不安や抵抗が広く起こるのも不思議でない。

フリードマン理論を見直せ

だが、それでもなお、BIには導入の意義が十分にあると思われる。問題は、BIの意義を正しく理解し、最適な仕組みと財源をみつけ出すことではないか。

ドイツ議会は、否定の根拠とした7つの理由の第1に、「働くモチベーションの大幅低下」を挙げた。これによって、予期できない国民経済の結果が生じるという。が、ナミビアの実験結果はドイツ議会とは逆に勤労意欲の向上を示した。
第2に挙げた理由が、BI導入は「税制、社会保険、年金制度に完全なリストラを必要とし、多額の費用がかかる」。制度の全面差し替えになるとして、実現の困難性を強調した。
第3に、現行の社会保障制度の有効性を挙げる。現状の方が、「受給者の困窮の性質と度合いに応じ、受給者の財政事情を基に支給している。社会的弱者である一部の人たちにとって、BIの支給額は不十分なものとなり得る」と主張。現制度の方を支持した。

理由の第4が、移民の増大だ。BIの恩恵を求めて移民が増える問題は、ナミビアが当面した。移民のコントロールが重要となる。第5が、「影の経済」が増えるという。闇取引など非合法経済活動の活発化を指すとみられるが、その根拠は不明だ。第6に、「BI導入に伴う増税で社会の不公正さが拡大、日用品の価格上昇を起こし、貧困層の家計を圧迫する」と、増税の不安に訴えた。最後の第7の理由に、「財源」を挙げ、ドイツでBIを賄う新財源は見つからなかった、と断言した。

だが、以上のドイツのBI見解は、10年前のものだ。その後世界各地の相次ぐ社会実験で新たな知見が得られ、BIへの結果評価と期待は当時より高まった。
ここで実現可能性を考えてみる。日本でのBI議論の叩き台に、低所得層を対象とする、フリードマン理論の「負の所得税(negative income tax)」を据えてはどうか。現状の欠陥年金制度と格差拡大をみると、それがBI適用への最上の道と思われる。

ドイツのUBIキャンペーン(2020年)